第61話・激情! 私が愛した人の名は①
駐車場で愕然とした。しかし鍵の刻印から、この車で間違いない。キーレスエントリーを操作すると「ここだぜ!」とウインカーがチカチカ光った。
真っ赤なイタリア車。ツードアで、千馬力のV12エンジンをミッドシップに搭載している。ゼロヨンは三秒を切り、最高時速は三百五十キロを超える。
迂闊だった……車種やタイプの指定を、そもそも目的を伝えていなかった。これで焼き鳥屋の仕入れに行くの……?
でも、今さら車を変えられない。仕方なく運転席に収まって、エンジンをかける。けたたましくセルが回り、十二気筒が小刻みに身体を震わせた。
アイドリングから、すごい爆音。ぶん回しちゃうと、稲妻のような爆音がまき散らされる。近所迷惑にならないよう、アクセルワークに注意を払う。
いた。ジカビ・レッド、の素顔。
が、これが私の車だと気づいていない。
そりゃ、そうか。焼き鳥屋の仕入れに行く車ではない。
ジカビ・レッドの前で停めて、ドアを開く。
「赤沢さん、お待たせしました」
「ええっ!? これで!?……荷物載るの?」
「ボンネットにトランクがあります。バイクくらいの積載量なら」
ジカビ・レッドを助手席に乗せ、三叉路に戻って左へ。少しだけ北上すると神奈川公園、この角を右に曲がれば横浜市中央卸売市場。
「赤沢さん。あの海苔屋さんって、タレントさんの実家ですか?」
「前見て! 前! 前!」
突然の下り坂。貨物線をくぐり抜け、すぐに急な登り坂。私たちを乗せたじゃじゃ馬は、鼻息荒く宙を舞った。
「すみません! 舌を噛んでいませんか!?」
「だ、大丈夫……青果市場に行ってくれる?」
ジカビ・レッドの指示に従い、左側の青果市場に車をつける。当然、車は注目の的。トラック野郎に取り囲まれた。
「すげえ車だねぇ」
「これで仕入れに!?」
「荷物どこに載るの?」
作り笑いであしらって、ジカビ・レッド行きつけの仲卸業者へと向かう。野菜を選んでいるうちに、ジカビ・レッドが思い立ったように声をかけた。
「そうだ。今日のお通し、作ってもらえない?」
「わ、私がですか!? 肉じゃがくらしいか……」
「十分、十分! 大丈夫、フォローするから」
いつもの野菜に加えて、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンを仕入れて車に戻る。ボンネットを開け、わずかばかりのトランクに野菜を積み込む。
「あとは魚ですか? お刺身を出していますよね」
「あんまり出なくて冷凍だから、月曜日まで大丈夫だよ」
「次はメインのお肉ですね。これも市場ですか?」
「いや、近くの肉屋が仲卸も兼ねているんだ」
市場を出て、飛ばないよう貨物線をくぐって国道を右へ。少し走ると、古くから続いてそうなお肉屋さんがあった。路肩に車を止めて、店先で仕入れをする。
が、ご主人も奥さんも、呆気にとられてポカンとしていた。
「どうしたんだい、あの車は……」
「この子が借りた車で……あ、白石さんです」
「すみません。これしか借りられなくて……」
あらゆるお肉をトランクに積んで、今日の仕入れは終わり。でも、まだまだ前哨戦。店に着いたら、焼き鳥と肉じゃがの仕込みが待っている。
みなとみらいを通り抜け、ジカビ・レッドの店に向かう。途中、横目に見たパシフィコ横浜は、警戒態勢を敷いていた。
大統領だ。私が潜入調査をしている間、首脳会談のために来日したんだ。
ジカビ・レッドに緊張が走る。正義のヒーローとして、センガインを警戒しているに違いない。
「大統領が来たんだって? ニュースで見たんだ」
「首脳会談だそうです。物々しい警備ですね」
会話は、それっきりだった。互いに口をつぐんだまま、焼き鳥屋の前に車を停める。ジカビ・レッドが食材を運ぶ間、私は車を返しにいった。
向かう先は、秘密結社センガイン。中華街の隅に構える
『はい、こちら営業部』
「黒石です。車を返しに参りました」
『それは、ご足労をおかけします。お似合いの車を選んだのですが、いかがでしたか?』
「え……ええ。空を飛ぶほど気持ちよかったです」
すると外から、シャッターを巻き上げる音が響き渡った。間髪入れず、営業部員が説明をする。
『隣のビルを買収して、エレベーターにしました。今回は一階丸ごとですから、車はそこに入れてください』
私が潜入調査をしている間に、こんな工事が行われていたなんて。驚きながら車を入れてシャッターを下ろす。間もなくモーター音が鳴り響き、一階は大深度地下へと降りていった。
私はセンガインの現状を確認するため、再び営業部に電話をかける。
「黒石です。いつの間に買収して、エレベーターを作ったんですか?」
『ワン・フー博士ですよ。エレベーターシャフトと基礎の延長を兼ねた工事だとかで。いやぁ、博士は天才ですよ。次の作戦でも使うそうです』
「次の作戦……? 特殊スーツを使うんですか?」
『すみません、営業部は把握しておりません。社長に問い合わせましょうか?』
「いいえ、私には私の仕事があるので。車、ありがとうございました」
電話を切って、石川町駅へと走る。さあ、お通しの仕込みをしなくっちゃ!
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