「始まったね! 私達の物語が!」

 部活動の時間――VTuber部の部内で、私は高らかにそう言った。昨日、私達の配信は大いなる盛りあがりを見せ、その余波は今なお拡がり続けている。私達は、一晩でスターになったのだ。これが浮足立たずにいられますかいってんだ。私は高らかに言った後、振り向き、他の部員を見やると……、

 あかりは、不機嫌な顔で片足を苛つかせている。まるで今の状況が気に食わないみたいに。恋にいたっては、顔を机に突っ伏して微動だにせずにいる。まるで死んでいるみたいだ。


 初配信から一夜明けた朝。目覚めた私はカーテンを開け、晴れ晴れとした空に手を翳し、

「始まったね! 私達の物語が!」

 そうお天道様に言って、元気に顔を洗いに向かった。学園についた後、教室に向かう途中であかりの背中が見えたので、私は駆け寄り、

「始まったね! 私達の物語が!」

 そう言い、ポンッ! とあかりの背中を軽く叩いて挨拶をした。叩かれたあかりは私に顔を向けたが、その顔はどこか癇に障ったような顔をしていた。

 昼休みに中庭に向かうため廊下を歩いていると、恋が向こうから歩いてきているのを見た私は、すれ違いざまに、

「始まったね! 私達の物語が!」

 そう言い、手で軽く恋の腕をタッチしたのだけど、恋は何も反応せず顔を俯かせたまま歩いていった。その姿は、まるで亡者が歩いているみたいだった。そうして、放課後の部活動の時間となったこの時、私は改めて2人に高らかに挨拶をしたのだが、……2人からは全く反応が帰ってこなかった。

 ていうか、なんだか2人とも思い詰めた様子だ。特に、恋は生きているのか心配になる程だ。初配信でバズり素晴らしい始まりを見せたきら学VTuber部なのに、まるで2人はそれが嬉しくない様子だ。もしかして、物語が気に入らなかったのかな? 物語を物語ストーリー読みしたほうが彼女らの琴線には響くのかも知れないな。よーし! 私は再度、2人に向かって、

「始まったね! 私達の……」

「お前、何回そのセリフいうんだよ!!」

 言い切る前に、あかりにキレられた。


 部活動の時間なのに、およそ部活動の雰囲気を出していない今の部内。晴れ晴れとした青空が、まるで私達が有名になったことを祝しているかのように気持ちがいい。

 それなのに、部員はなぜか苛ついている1人に、なぜか音無しの構えを決め込んでいる1人。たった一度の配信だけで10万人の登録者を獲得したとは思えない連中だ。

「えっと、どうして2人はそんなに思い煩った雰囲気なの? 私達のVTuber活動、もう上手くいく未来しかみえないけど」

「……お前は本当に気楽だよな。こういう時は、お前になってみたいと心の底から思うわ」

 苛ついている様子のあかりが言う。

「どうして、そんなに苛つきを出してるの? これからはじゃんじゃん配信していくだけでいいんだよ? その内、オリ曲だったりどこかでLIVEすることも出来ると思うんだけど」

「そりゃそうだよな。きっと私らは遠くない未来にオリ曲も出すし、LIVEもしてるんだろな。でもさ、今の私らの状況、バズるというより炎上してるという方が近いだろ」

「あぁー、それはそうかもね。でも、それがどうしたっていうの?」

「ネットのおもちゃに成りそうな状況って言いたいんだよ!!」

 あかりの言う通り、私達は多分バズったと言うよりは炎上したという方が近かった。そして、ネットのおもちゃと言う形容が1番当て嵌まりそうな状態だろう。

 私達の初配信のアーカイブはBAN回避のため、即座に非公開にした。しかし、誰かが録画をしていたみたいで、わずか数分後には私達の初配信が丸々ネットに上がっていた。それも、最高8K高画質で視聴できるようになっていた。とても、くっきりはっきりだ。

 その動画のコメント欄において、結日は無言女、あかりは狂獅子()、戀はエロアニメ女、そうコメントされていた。

「いやー、私、2人に負けないようにインパクトある内容で配信したつもりだったけど、その面においても2人に負けちゃったねー! 私、負けヒロインって奴だ!」

「お前、この状況でも軽口叩けるんだな!? ……そっか、お前はあの初配信で1番ダメージ無さそうだよな。……ハァ、私もお前みたいに無言配信してたら、今こんなに苛ついてなかったかもな」

「……あぁー、あかり、狂獅子()って揶揄からかわれてることに苛ついてるのか!」

「そうだよ! めちゃくちゃカッコ悪いだろ!? 買ったばかりの新品のギターに数時間で傷が付いたようなもんだぜ。ほんと、苛つく。あー、あのコメントしてる奴らが私の目の前に現れないかなー。少しどついて分からせてやるのに」

「まぁでも、狂獅子()って揶揄ってる人達は、もうあかりのファンみたいなもんでしょ。好きな子にいたずらしちゃう的な、さ」

「んー、そうか? 私的には弄られてると思ってたんだけど」

「なんだ、あかり分かってるじゃん」

「あ゙ぁ!? つーかさ、お前が私をそういう方向に仕向け……、そうじゃん、元はお前が私の過去を捏造して糞みたいなコメントを書き込んできやがったのが……」

「あかり。恋、大丈夫かな……。まるで死体みたいに動かないけど……」

 あかりが私に怒りの矛先を変えてきそうだったので、私は声音を変えて、恋への心配を口に出した。

「……恋は、……あんなことになったのは恋のせいじゃないって時折話しかけてんだけど、ずっとこの調子で……」

「恋……、恋が褐色フェチってバレたのは確かに恥ずかしく、私だったらもう生きていくのが困難なほど落ち込むけど、それでも前を向いて……」

「結依……、ビンタされたい?」

 死体のように無反応だった恋の口からふいに声が発せられた。よかった、恋はちゃんと生きているみたいだ。そして、徐ろに顔を上げて、

「ん~~、……ふぅ~、……それじゃ、そろそろ今日の部活動始めない?」

 恋は、いつもの調子で私達にそう言った。

「恋、大丈夫なのか?」

「んー、何が? ていうか、私ら10万人の登録者得ちゃったよ! うわ~、信じられないよね? もう人気配信者の仲間入りじゃん! 次の配信は、数千人単位の人達に見られちゃうね! とても緊張しちゃう~」

「お、おう……」

「それもこれも、恋が最後にえちえちアニメの同時視聴を敢行したおかげだよね! いや~、あれは吃驚したなぁ」

「お前さ、それ態となのか? ずっと、お前はただ抜けてるだけだと思ってたけど、ここんとこは結構性格悪い奴じゃないのかという疑惑に変わってきてるからな」

 ……? あかりは何のことを言っているのだろう?

「あぁ、あれは私も驚いたね。知らない間にパソコンがウイルスに感染しちゃってたみたいでさ。でも、大丈夫! もう消したし。まぁ、でも確かに、今回きら学が一気に有名になったのは私のおかげだよね! 2人はもっと私に感謝しなきゃいけないはずだよ?」

「「ウ、ウイルス……?」」

 私とあかりは、恋の言葉にちょっと面食らってしまった。

「あれ? あの動画って、恋のお兄さんのじゃ……」

 その私の問いに、恋は、

「……お兄ちゃん? あはは、結依~、私にお兄ちゃんなんていないけど?」

 なんか笑顔でそう返した。あれ? 恋ってお兄さんいなかったっけ? 私とあかりが顔に出した訝しみを恋が察して、

「あれは事故だよ。もう動画は削除したし、ウイルスソフトも入れて対策もばっちりしたから! そして、我が糸ヶ崎家に兄がいたことなんて一度もないよ。2人とも変な顔してるけど、変な顔したいのは私の方だよ」

 恋はそう言った。そっか、恋には兄なんていなかったんだ。どうしてか、どこかの時点でそう思い込んだけど、きっと何か別の事と綯い交ぜになっていたんだ。マンデラエフェクトというやつだろう。そうして、恋の兄という実在は幻となって、最初からこの世に存在しないものになった。

「そっか。じゃあ、今日は次の配信のアイデア出しでもしようよ!」

 私はそう言って、きら学VTuber部の、有名になってから初めての部活動を開始した。なんだか心が落ち着いている。登録者が10万超になったというのに、プレッシャーなんて微塵も感じていない。それは、あかりと恋も同じみたいだ。だって、私達は私達の配信をすればいいのだから。イベントやLIVEなんかも近い内に行っている気がする。私達の航路を阻む物は全く見えない。いざ、新大陸を目指そうじゃないか! 宜候よーそろー

 私が操舵号令を上げた時、ふいにあかりが私の肩に手を回してがっしりと掴んできた。そして、私に言う。

「その前にさぁ、結依。罰ゲームのことについて話し合おっか?」


「……罰ゲーム?」

「忘れたとは言わせないぜ? お前『1番同接低かった人は罰ゲームすることにしよっか!』って言ったよな?」

 そう、私は確かに初配信をする日にそう言っていた。でも、そうだとすると……、

「……あかり、別に私は有耶無耶にしてもよかったんだけど、まさか自分から言うなんてね。そんなに罰ゲームを受けたかったんだ。いいよ! 罰ゲーム。あかりが受けたい罰を特別に選ばせてあげるよ」

「まぁ、お前が提示した罰ゲームの条件だと確かに私が受けることになるけどさぁ、……記念すべき初配信で、1番きら学VTuber部の同接を落としたのはお前だよな?」

 ……まぁ、確かにそうだろうね。あの秘策で1番手の私から大盛り上がりすると思っていたら、普通に同接はぐんぐん下がっていった。正直、途中からは『上がれ! 今からでも遅くないから上がれ!』と念じながら行っていたのだが、願い空しく、最後の最後まで同接は上がらずに私の初配信は終わった。

「いやー、良かったよ本当に。1番同接を下げた人が罰ゲームね! って言わなくて。それだったら、私が今頃受けることになってたもんね」

「私は、お前が罰ゲームを受けるべきだと思ってるんだけど?」

 あかりは、なぜか私が受けるべきだと、そう言った。何を言っているのだろう? ちょっと、それは屁理屈というものなんじゃないの? って抗議しようとしたら、

「うん、結依が罰ゲームを受けるべきだと私も思うよ」

 そう恋まで屁理屈を言いだした。2人は、数の暴力で以て私をねじ伏せようとしているな……。それならこっちも徹底的に抗ってみせようと私は覚悟を決めた時、わくぷろ部の扉が開いて、

「あ、皆~! 昨日の初配信お疲れ様! VTuber部、物凄い話題になってるね!」

 部室から出てきた部長さんが私達にそう言った。続いて、出てきたかげちゃんも、

「いやはや、初配信であんだけバズっちゃうとはねー。ふふふふ、君達の頑張りのおかげで私らも鼻高々だぜー」

 とてもご機嫌にそう言った。

「で、君達、結依ちゃんに詰め寄って何してるのー?」

 そう尋ねてきたかげちゃんに、私は、

「かげちゃん、聞いてよ! 2人が私に罰ゲームを受けさせようと数の暴力で攻め立てているの! こんな卑怯な手を使ってくる奴らだとは全く思わなかったよ!」

「いやいや、道理に則って突き詰めたら、絶対お前が罰ゲームを受けるべきだって」

「えーっと、……あぁ、罰ゲームって配信で言ってたアレかー! 確か、同接が一番低かった人が罰ゲーム受けるんだったっけー?」

「そうそう! かげちゃんも言ってる通り『同接が一番低かった』人が罰ゲームを受けるって事前に決めてたんだよ、私達。それなのに、何故どうしてか2人共私が罰を受けるべきだって、理不尽に責め立ててくるんだ。ひどいよね?」

「あははは~、そう言えば配信でそう言ってたね~。うーん、……かげちゃん、どう思う?」

「くししし、そんなの決まってんじゃんー?」

「2人も、私じゃなくてあかりが受けるべきだと思うよね? そうだよね?」

 その私の問いに、2人は、

「「いや、罰ゲームを受けるべきなのは、結依ちゃんだよ!」」

 なんと、2人も私が罰を受けるべきだと声を揃え言い放った。一体、今VTuber部に何が起こっているのだろう。間違いなく、誰かが私を嵌めようとしている。……これは、陰謀だ。陰謀論の殆どは願望だったり嘘っぱちだったりするけど、中には本物の陰謀も紛れている。今の状況なんかまさにそれで、こうして1人のスケープゴートが犠牲となり、黒幕はにっこりとどこかで笑みを浮かべているのだ。高層ビルの最上階で、グラスに注いだ高級ワインを口にしながら……。


「いや、だって、常識的に考えてそうでしょー。初配信の1番大事な1人目がずっと無言なんて、そんなことどんな馬鹿な奴でもしない行いだよー?」

 どんな馬鹿な奴でもしない行い!?

「そうだね~。ちょっとこの子、頭があり得ない程低いのかなって思っちゃうよね」

 頭があり得ない程低い!? え、私の行った初配信ってそんな感想持たれていたの!?

 自分では中々に面白い配信が出来たと思っていただけに、部長とかげちゃんの言葉は私に痛烈なダメージを与え、ダメージを食らった私は力が抜け、膝から床に崩れ落ちた。

「私の配信……、そんな馬鹿がやるような物だったの?」

「お前、やっと自分が糞な配信したことに気付いたのか!? ……そっか、お前って少しオカシな奴じゃなくて、まじの阿呆なんだな」

 まじの阿呆!?

「……結依ってあの配信で本当にイケると思ってたんだ。この様子だと、きら学VTuber部で1番不人気になっちゃうのは結日だね」

 きら学で1番不人気!?

 あかりと恋の追い打ちに、私の心は粉々に砕けてしまった。壊れた心は、2度と元には戻せないことをこいつらは知っているのだろうか? これは、もう、駄目みたいだ。巨悪に立ち向かう気力が湧きあがらない。覚悟を決めるほかないようだ。

「……分かったよ。今回の罰ゲームは私、緒川結依が務めさせてもらいます……」

 消え入りそうな声で、私は膝をつきながら敗北宣言をした。

 

 ✫


「で? どんな罰ゲームにする? 10回連続バンジージャンプでも、サソリやナメクジのゲテモノ食いでも、もうなんでもいいっすよ……」

 部内の椅子に腰掛け、私は悄然とそう言う。あかりと恋は、『何にしよっかー?』『ちゃんと結依が嫌がる罰ゲームにしないとね!』ととても張り切っている。2人どころか、部長とかげちゃんも、あれがいいこれがいいとうきうき話し合っている。これが、陰謀に嵌められた人の心持ちか……、と私が沁沁しみじみ感じ入っていると、

「……なんか、どの罰ゲームでもこいつは楽しんで受ける絵が浮かぶんだけど……」

「うん、そう。私の中の結依も全然そつなくこなすイメージしか浮かばないんだよね……」

 2人は悩み始めた。うん、まぁそれは罰を受けるこの私自身もそう思っていた。だって、普通に生きていたらすることのない貴重な体験が出来るんだもん。そりゃ、楽しんで受けさせて貰いますよってもんだ。いや、流石に凌遅刑りょうちけいとか言われたら困るけど、よもやそんな罰は受けさすまい。……そうだよね?

「そつなく罰ゲーム受けるんじゃ、罰になんねぇんだよな……」

「結依が絶対嫌がる罰……、うーん、浮かんでこない……」

 私に受けさせる絶妙な罰が中々に思いつかない2人に、

「それじゃ、私達のAIに尋ねてみる?」

 どこか、よこしまな笑みを顔に浮かべながら部長がそう言った。かげちゃんも隣でくししし、と悪戯な音声おんじょうを発している。そうして、部長はスマホを取り出し、自分達が作ったAIを起動させた。

「私達のAIは、世界最高峰なんだよね~」

 そう得意げに言いながら、何やら文字を打ち込んでいる。……私の心に不穏な感情が沸き起こり始める。例えわくぷろの高性能AIでも、私がしっかりと嫌がる罰ゲームなんて導き出せないと高を括っているけど……、部長とかげちゃんのあの嫌らしい笑みが気になって仕方ない。

 そうして、文字を打ち込み終わると部長は私達に画面を見せた。そこには、単純に『緒川結依が嫌がる、正確な罰ゲームを教えて!』と打ち込まれていた。

「既に、結依ちゃんの性格等はプロンプトで入力済みだから、ばっちし導き出してくれるよー、けひひひ」

 その画面から、黒い瘴気がズワーンと放たれている。その瘴気が、あかりと恋にも見えているのかは分からないけれど。

 大丈夫、たかがAI如きに人間様の性質を100%理解することは出来まい。所詮プログラミング如きが一個人を完璧に理解できるなら、人間なんてもう誰も彼もが只のあしだ。私達人間は、確かに弱い存在だけどそこまで弱い存在でもない。だって、パスカル氏の言う通り考える葦なのだから。

「じゃ~、さっそく尋ねてみよっか!」

 にっこりと不穏な笑みを浮かべ、部長はスマホの画面をそっとタップした。タップしたのも束の間、すぐにそのAIは答えを導き出したようで、部長とかげちゃんは、

「……あ~、これは結依ちゃんに効きそうだね~」

「確かにー。結依ちゃんは、こういうのに弱そうだよねー」

 AIの出した回答こたえにとても納得している。あかりと恋も、それぞれ部長の肩越しに覗き込んだが、

「……これが、結依が嫌がる罰ゲーム?」

「あぁ、でも確かに結依は嫌がりそうだね」

 そう感想を漏らしている。一体、どんな罰ゲームが表示されたというのか。私が嫌がる罰ゲーム……、緒川結依が『やりたくない!』と思わせる罰になっている罰ゲーム……、うーん、自分では思いつかない。私が、自分が真剣に拒否る罰ゲームを勘考していたところ、部長が、持っているスマホをこちらに見せた。そこに表示されているAIが導き出した、私が嫌がる正確な罰ゲームに、私は思わずうわぁと嫌な顔をした。

 AIが導き出した、私への罰ゲーム、それは――――。

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