第3話 糸ヶ崎恋

 ――☆めちゃめちゃだんす部☆部室――


「新入生! キレが足りないよ!」

「はい!」

 私――糸ヶ崎恋いとがさきれんは、きらきら学園☆めちゃめちゃだんす部☆でダンスに励んでいた。

 入部してまだ数日なのに、その練習はとても厳しいものだ。

 止めどなく滴り落ちる汗、すでに痛みのある身体の節々。

 それでも私の心は満足感に溢れていた。

 高1より2才程は上に見られる大人な顔立ち、ハキハキとしたクールな物言いに、スラッとした体型。

 タン! タン! っとシューズを鳴らし、大きく身振りをして、大型ミラーに映る自分の姿を確認しながら練習に勤しんでいた。

「10分休憩ー!」

 窓際でスポーツドリンクが入っているマイボトルで喉を潤す。先輩達に比べ、まだまだだ。ふと、窓から外を見下ろすと1人の桃髪と、1人の金髪が並んで歩いている。中坊ガキ臭い連中だ。

「でさー、次の配信は私1時間無言で行くから、あかりフォロー宜しくね!」

「いや、それ、駄目だろ! せっかく私らのVTuber活動も軌道に乗ってきたってのにさぁー」

 VTuber……? 彼女あいつらの会話から察するにVTuber部の部員なのかな。この学園、そんな部活動もあったんだ。中学生臭い見た目の奴は、やることも中学生臭いのか。でも、とても楽しそうだ。

 ……もしも私が運動音痴だったら、とても中坊臭い見た目だったら、との思考が勝手に頭の中を巡った。その場合、どの様な人生を送っていたのだろうか。ダンス部じゃない私の人生……、

「……考えられないな」

「休憩終りー! 引続きステップ確認10セットいくよー!」

「はい!」

 勝手に湧き上がってきたくだらない思考を一笑に付して、私はふたたび全面ミラーの前に立ち、踊りだす。少なくとも、ダンスの見込みがある私はこの学園では一所懸命ダンスに打ち込めばいい。それが私であり、私の人生なのだから――


 ✫


 きらきら学園の図書室で1人の女子生徒が本を読んでいる。

「新入生ー! キレが全然足りないよ!」

 図書室の壁から叱咤する声が響いている。ダン! ダン! というシューズの音と、本を読むのを邪魔するに相応しい音量のBGMも共に響いている。

 この図書室の隣は、放課後は☆めちゃめちゃだんす部☆の部室となるのだ。『図書室内では静かに』の張り紙も隣のダンス部からの足踏みに合わせ、ピラッ、ピラッ、と捲れている。

「もう5日目……。私、何やってるんだろ……」

 ふと、本を読んでいた女子生徒がそう呟いた。正確に言えば、彼女は本を読むふりをしていた。

 セネカの『人生の短さについて』を手に開き、さも読んでいますよ? 感を出しながら、その実、自分おのれがダンス部の新入部員となってダンスに励んでいる姿を妄想していた。

「……踊れるはずなんだけどな」

 小学校、中学校と徐々に見た目は自分の理想の自分へと近付けて行った。高1だけど、少し大人びている、と思う。

 言葉遣いや声に関しても、自分の理想とするところに近づいている、と思う。

 後は、クールなK-POPアーティストのようなダンスを踊れたら……、なのだけれど、これがとても厳しかった。

 全体的に動きがぎこちないし、とても遅いのだ。もっと早く! もっと早く! と自分の反射神経に鞭打っても、体は全く以って思い通りに動かない。

 なまじ、ルックスは自分の理想へと近づいただけに、踊る姿はへんてこなものとなっていた。おかしい、こんな筈じゃなかったのに……。

「はぁ……」

 と、私はため息をいた。

「このまま図書部員で3年間過ごす事になるのかな……」

 5日もここで本を読むふりをして隣室のダンス部の練習の様子を聞いていたので、図書部員に『貴方、入部希望者ね? 大歓迎よ。いっしょに隣室のダンス部をボコボコにして、平和な図書室の環境を取り戻しましょう!』と言われたことがある。

 私にダンス部をボコボコにする気なんて更に無いが、少しでもダンス部とかかわれるのなら、そんな間違った係わり方でもいいかと思い始めていた。

「はぁぁぁ……」

 大きなため息が聞こえた。……えっと、私、溜息吐いてないけど、と思い、嘆息が聞こえた右隣を窺うと、

「……どうしよっかなーーーーーー……」

 椅子に座っていても小さめの背丈と分かる、ピンクのカーディガンを羽織った桃髪の子が思案に暮れていた。


「はぁぁぁぁぁぁ…………」

 いつの間にか隣に腰掛けていた子が、先程よりも長い溜息を吐き、

「……どうしよっかなーーーーーーーー…………」

 先程よりも長く懊悩おうのうを口に出した。そして、唐突に、

「私、気付いちゃったんだ……」

 ……私に言っているのかな? 何か返事をした方がいいのかと考えていると、

「昨日、木曜日だったでしょ?」

 うん、確かに昨日は木曜だった。

「今日は金曜日だよね?」

 そう、間違いなく今日は金曜日だ。

「明日は、土曜日でしょ? その次の日は、日曜日……。そしたら、その次の日は月曜日なんだよ……」

 とても当たり前のことを口にしたかと思いきや、その背丈の小さめの子は、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」

 と、先程よりももっと長い溜息をつき、本日のため息最長記録を更新した。

「……ねぇ、貴方、転移魔法使えない? 飛ばしてほしいポイントがあるんだ……」

「……いや、私、そんな魔法使えないけど……」

 ……一体、何なんだろう? 本を読むふりをしながらこの子の横で、微妙な時間が過ぎてゆく……。


 ✫


 私――緒川結依は物凄い事実に気づき、打ちのめされていた。あかりが部員となったので、次の日は休息をとることにして存分に休息したその次の日、つまり本日、金曜日の放課後。

 さて、ちょちょいと3人目の部員を勧誘して、楽々とVTuber部を発足させにかかるかと席を立った時、急に物凄い事実が私の頭に襲来してきた。

 今日が金曜日なら、明日は土曜日だ。そして明日が土曜日なら、明後日は日曜日だ。そして明後日が日曜日なら、明々後日は月曜日だ。……そう、月曜日は期限の日だ。

 そして私は、土日は学園が休日だということを、すっかりと忘れていた。

 つまり、もう、部員勧誘を出来る日は今日だけなのである。

 その事実に気づいた私は意識を失った。寧ろ気絶を飛び越え、死を体験していたかも知れない。

「え、緒川さん、突っ立ったまま死んでいるようだけど!?」

 と、クラスメイトの子が死に直面している私に気付き、他の子達と共に呼び覚ましてくれたおかげで私は意識を戻すことができた。本当にありがとう。

 しかし、再び意識が戻った私が最初に思い出したのは、もう本日の放課後しか部員勧誘できる時間がないという現実で、そのおかげで私はまた死にそうになった。

 私は、半死のまま学園内を彷徨った。いま部活に励んでいる生徒たちは、もう私の勧誘には耳を貸さないだろう。

 狙うならば、部活に入らないよーっていう帰宅部の人達だが、私が死に直面していた時間があだとなったのか、学園内は閑散としている。

 帰宅部の人らは、もうとっくに帰路についてしまったようだ。

「まじ、どうしよう……」

 時折、自殺しようとしていた人を説得し、思い止まらせ、自殺を阻止した学生が警察に表彰されたというニュースを目にすることがある。

 そのニュースのコメント欄で、『自殺者にとってはいい迷惑だろw』『どうせ自殺する奴は助けられても、また自殺を試みるのだから無駄なのに』などと書く心ない人達もいるが、私はそういう類のコメントにはバッドボタンを連打していた。

 もしかしたら、そうなのかも知れない。けれど、その人が少なくともその時には救われ、大いに元気づけられ、また生きよう! 生きなきゃ! そう思ったのは間違いなく事実だし、大変素晴らしいことだと思うから。

 しかし今は、自殺するのをほっといてくれ! という人の気持ちも分かってしまう……。こんな希望が見えない現実なら、いっそ身を投げ出したほうがマシだという気持ちが……。

 私は、閑散としている学園内をさまよい歩き、やがて一つの教室の扉を開け、中へと這入り、椅子に腰掛けた。

 私の脳みそが『期日は休み明けの月曜日だから、部員勧誘は本日中に達成しとかないとまずいよ!』との文字が書かれたカンペを絶えず私に見せ続けている。

 霊長類の頂点に立つ万能な人間様附属の脳みそなんだから、私が今直面している事実だけを伝えるのではなく、その解決策を伝えればいいのに。

 本当にこれは、私の脳みそなのだろうか……? 今朝、登校中のどこかで、よりにもよってあまり頭がよろしくない人の脳みそとすれ違い様にすり替わってしまったのでは……との疑念が頭をもたぐ。

 そして、私は、大きく溜息をいたのだ。

 ふと、私の隣に腰掛けていた子に気付いた。この教室内の匂いから、どうやらここは図書室らしいと知った。そして、私はこの子に、私の懊悩をポロポロと口からこぼしていったのだ。


 ✫


「そっかー、使えないかー、転移魔法……」

 放課後に図書室で、一人本を読んでいたらしいその女子生徒なら、何か不思議な魔法が使えるんじゃないかと一縷の望みにかけてみたのだが、その望みも弾けて消えた。万事休すだ。私の物語は、始まることなく終わりを迎えるのか……。

「……貴方、図書部員?」

 このまま両者とも一言も発さない微妙な時間が続きそうだったので、私はその子にそう尋ねた。って、そんなの図書部員に決まりきっているよね……。

「え? ……いや、違うけど……」

 うん、やっぱり。そうだよね、図書部員さんだよね。なんかそんな雰囲気出してたから。……あれ?

 私の予想は外れたみたいだ。私は顔を左へ動かし、よくよく観察するためその子をまじまじと見つめた。

 おや? 最初半死状態の時で入室した折にちらっと目に入ったその隣の女子生徒は、失礼だけど暗い雰囲気を出して岩波文庫の青帯を手に持っていたので、私の中では内気な文学……、いや、哲学少女と思ったわけだが、じっくりと見た彼女は、全く内気な感じはしない、寧ろクラスでもカースト上位に入っていそうな趣だった。

 驚いた、こんな子が岩波文庫の青帯を読んでいるなんて。

 でも、どこか、やっぱり内気なような、自分からは1歩踏み出せないような……、うーん……、

「不思議な感じだね」

 そう言ったら、彼女は微妙な笑顔をした。

 私の脳みそちゃんが言っている。こういう微妙な笑顔をする奴はクラスのカースト上位には絶対入れないと。

「図書委員じゃないのなら、ここで何してるの?」

 そう私は彼女に聞いたのだけど、そんなの分かりきっている。本を読んでいるのだ。きっと彼女も、『何言ってんの? 本読んでるに決まってるじゃん!』と、そう応えるはず、と思ったのだけれど……、

「え!? ……いや、えーと、……あはは。何してるんだろね……」

 と、彼女は少しうろたえながら答えた。彼女は、本を読んでいるとは答えなかった。

 じゃあ、彼女が手に持っているそのセネカの『人生の短さについて』は一体何なんだろう。

 私にはどう見てもセネカの『人生の短さについて』なんだけど、実はそうじゃなくて、そもそも彼女は手に本を持っていないのかも知れない。

 ……でも、だとすると、じゃあ手に持っているそのセネカの『人生の短さについて』は、なんなんだ……?

 私が難解な?の堂々巡りに陥っていると、

「……私、ダンス部に入ろうと思ってたんだ」

 多分、彼女は、はじめて心の内を発語した。


 ダンス部……。私はきらきら学園のダンス部の部室の場所を知らない。でも、今は知っている。

 だって、先程からこの図書室の私が座っている東側方面から、『新入生ー! 気合足んないよー!』というおそらく部長の叱咤する声や、読書するのにとても気が削がれるくらいのBGMが絶えず壁を貫通してきているからだ。

 ダンス部員達の足踏みに合わせて、ピラッ、ピラッと図書室内の張り紙も捲れるのをやめない。

 大変読書する場に相応しくない室内となっている。ここの図書部員はよく抗議しないな……。この調子じゃ、放課後に図書室を利用する生徒も少ない事だろう。

「じゃあ、入ればいいんじゃない?」

 と、隣室から響いてくるBGMにはかき消されないくらいの声量で彼女に言う。

「うん……、でも、私、ダンス下手だから……」

 ……。

「下手なら練習して上手くなるんだよ! そのための部活でしょ」

「いや、レベルが違うんだよね……。私じゃ、毎日怒られて、そのうち退部勧告出されるかも」

 …………。

「そんなに、うちのダンス部はレベルが高いの?」

「うーんと……、というか、私のレベルが低すぎなんだよ。現状、私じゃ小学生のダンスクラブでも話にならないって言われるんじゃないかな」

 ……なんか、…………なーんか、なーーんかこの子、なんというか……。

 この子をじっくりと観察した時、しゅっとした大人びた顔立ちに、黒髪に青のインナーカラーを格好良く入れ、クラスのカースト上位の人間と言われても納得する雰囲気を醸し出しているのに、そんな子が手に開いているのがセネカの『人生の短さについて』だというギャップが私を驚かせたものだが、彼女とのまだ少ない会話だけでも、この子が外見とは釣り合いが取れていない内面を持っているということに気付いた。

 とても、ぐずぐずしている。

 私の脳みそちゃんも言っている。ぐずぐずしている奴は、クラスのカースト上位に立つことはない、と。

 煮えきらない態度の子にも一定の寛容を持つ私でさえをも少しいらつかせるこの少女。……気に入らない。とても気に入らない。

 私は、バッといきなり椅子から立ちあがって、その少女の手を取り引っ張った。

 な、何……? と、振り向かなくても伝わるその子の戸惑いにも、その子が持っていたセネカの『人生の短さについて』が机に落ちた音にも構わず、ぐいぐいと進んでいき、扉を開いて図書室に失礼して、隣室の、一段とBGMが大きく聞こえるようになった☆めちゃめちゃだんす部☆の部室前に立ち、勢いよく扉を開け、開口一番、

「頼もーーーーーーーーーーーー!!!」

 と叫び、☆めちゃめちゃだんす部☆にかちこんでいった。


 ずんずんBGMが大音量で鳴り響くダンス部部室内。部員達は踊るのをやめて、突然闖入してきた私達を見ている。

 妙な事を叫んで這入ってきた私達を、え、こいつら何? との顔付きで。

「ダンス勝負を申し込みたい!」

 私は、おそらく部長であろう、部員のダンスフォームをチェックしていた、片手にメガホンを持つ、白のへそ出しタンクトップに黒の運動パンツスタイルの子に申した。

 ダンス部の部長は暫し目を瞬かせていたが、どうやらおかしな入部希望者だと思ったのか、

「ダンス歴は?」

 と、聞いてきたので、私は、

「このダンス勝負が私の初めてのダンス歴となるだろう」

 と、返した。 

「面白いじゃん。私、あんたみたいな子好きだよ」

 唐突に好きだよと告白され、私の心臓が少しドキッとした。こういうスポーティな子に告白されるの、いい! と思っていたら、

「じゃあ、これ、入部申請書。書いたら早速練習に参加してもらうよ」

 っとった。気合の入った、おかしな入部希望者だと思われているみたいだな……。

 私は、

「……ビビってんの?」

 と、部長を挑発した。え? っと部長はそれでもおかしな入部希望者がおかしなことを言った風に私を見ていたが、

「ダンスしたこと無い私にダンスで打ち負かされたら、学園の笑い話になっちゃうもんね」

 更なる挑発を部長に浴びせたら、あからさまな不快と怒りを込めた顔付きになった。

「冗談じゃなかったんだ」

 と、部長は目を鋭くして私に言って、

「……おっけー。受けて立つよ、ダンス勝負。身の程を教えてあげるよ」

 と、ようやく私の勝負を受けた。

 ここから、きらきら学園VTuber部は、ダンス部世界大会編に突入する。

 150巻程続くそのお話は、私がダンス勝負で部長に勝利し新部長となり、近隣の学校のダンス部や市内のダンスクラブとの熱戦を繰り広げ、県大会での激戦を制し、死者をも出した全国大会を大乱戦の末制覇し、そして、世界へと私達は飛び立っていく。

 長い物語となるが、付いてきてほしい。

 そして、目撃してほしい。

 私達――☆めちゃめちゃだんす部☆がダンスの頂へと登るその瞬間を――

「順番はどうする?」

「私から踊らせてもらう」

「そう、じゃ、見せてもらおうか。今日、初めて踊るあんたのダンスを」

「……いいよ! BGM流して!」

 スピーカーからBGMが大音量で流れ始め――私は踊り出した。


 ✫


 中庭のベンチに私は腰を下ろしている。そして、黒髪に青色のインナーカラーを入れた女子が怒りの趣で私の前に立っている。


 あれから私はダンスを踊った。それは、私の体がイメージ通りに踊れていたら、最高のダンスだった。

 BGMに合わせ、腕をハキハキさせ、時折くるんと体をターンさせ、適当な箇所で腰を下ろし、片手を付き、右足を出して手を空に向け開くみたいな初歩ダンスを決めつつ、時には俊敏に、また時には一切の動きを止め静止したり……、その私の驚愕のダンスに部長は、は? って唖然とした表情をしていた。

 途中、多分こんな感じだったとバレエダンスを取り入れ、おそらくこんな風だったとカルメンダンスを挟み、さらにダンス部の部長と部員達を呆然とさせた。

 そして、やばい、もう私の超少ないダンスの知識があと0.1パーセントで尽きてしまうところで閃いた、この国の国獣に指定されているきじの振る舞いをして、その場にいた全員の度肝を抜いた。

 ちなみに私は、雉についてよく知らない。

 そして、もうダンスの知識が0%となった私は――――踊るのを止めた。

 ゼェゼェ……まだ、BGMは終わることなく鳴り響いている。……ハァハァ、空気読んで……止まってくれないかな……ゼェゼェ……。

 全力を出した激しいダンスで、息も絶え絶えとしている私に部長はズカズカと歩み寄ってきた。

 そしてそのまま、汗塗れで息絶え絶えの私と、隣で死にそうな顔でこの様子を見守っていた少女を突き飛ばし、ダンス部から追い出した。

「あまりダンスを舐めるな」

 という、確かな怒りを感じさせる言葉を私達に投げ付けた後ピシャっと部室の扉を閉めた。

 部室を追い出された私達は、とぼとぼと廊下を歩き、途中私だけ自動販売機で飲み物を買い、そのまま中庭に出て、そして私だけベンチへ腰を下ろした。

 あぁ……、疲れた……。


 中庭に行く途中で買ったスポーツドリンクをごくごくと飲む。冷たい感触が喉を通って私の全身を冷やす。含有される糖やミネラルが私の全身を速やかに回復させていく。私は一言、

「出し切ったね!」

 と、笑顔で前に立って私を見下ろしている子に言った。何事も全力を出した後は、気持ちがいい。しかし、前に立つ子は私をあきらかに怒気を帯びた面持ちで見下ろしている。何か私、怒らすことしたのかな?

「ねぇ、私もうダンス部に入部できなくなったんだけど!!」

 ふーん、そうなんだ。まぁ、あれだけ部長を怒らせたらね……。ま、怒らせたのはこの私なんだけど。

「勝手に部室に入って、目も当てられない恥ずかしい踊りを披露して、何のつもりだったの!?」

 ちょっとというか、結構怒っている。へー、この子ダンスへの情熱は確かに持っていたんだ。それすら持って無いんじゃないかと私は怪しんでいたから少し驚いた。私は彼女に、

「でも、私が連れて行かなきゃ、貴方はダンス部の部室の扉を開けることもなく、学園生活を終えていたと思うけど?」

 きっぱりと事実を言った。だってそうでしょ? 見た目に反してうじうじした内面を持つこの子が、あの部室に飛び込む未来は訪れなかったはずだ。

 この子自身が、その未来へと歩を進めず、遠くから眺めているだけなのだから、火を見るより明らかな事実なのだ。

「…………」

 この子は私の言葉に何も言わずじっとしている。事実を突きつけられて悔しいのか、少し体をうち震わせている。

「それに、貴方、クラスのカースト上位者じゃないでしょ?」

 私は、彼女を打ち負かすつもりでこの言葉を吐いた。彼女は私に苛立っていたが、私だって彼女の煮えきらない態度にムカついていたから。これで、この子との関係はおしまい。この子がブチ切れて私をひっぱ叩いても構わない。

 この言葉は、私をムカムカさせた彼女へのお返しの打撃ことばだった。

 そうして、そのまま彼女が手を上げようが、歯を食いしばめ睨みつけたままだろうが、私はそのまま去っていくつもりだった。

 でも、彼女は、

「……え?? 何、急に変なこと、……カースト上位者?? ちょっと、……ふふふ、貴方には私がそう見えているの? ……あはっ、あははは」

 私は、お返しの打撃を彼女に食らわせ去っていくつもりだったが、何故だか彼女は怒るどころか、笑っている。

 私が彼女を、クラスのカースト上位者と見なしていたことがそんなにおかしいことなのだろうか。私は、立ち去るつもりの予定を止めて彼女に聞いてみた。

「なんで笑っているの?」

「え、だって、私がクラスのカースト上位のリア充なわけ無いじゃん。私はそういう人たちじゃないし、そうなるつもりもないよ」 

「でも見た目はそんな感じだよ? 、ね!」

「……そう見えるんだ、嬉しい。見た目は、結構私の理想としているところに近づいてるはずと思っていたんだけど、良かった。ていうか、クラスのカースト上位者みたいな見た目してるねって、褒められてるにしてもなんか微妙だね」

「……」

 何だか、彼女は急に打ち解けはじめた。

 私は、クラスのカースト上位な見た目とは裏腹にうじうじとした内面を持っていた彼女に怒っていたわけだが、それは私が勝手に彼女の見た目だけで抱いた印象と違っていたことへの怒りだった。

 とても理不尽な怒りだった。

 弱気な風でも強気な人はたくさんいるし、その反対の強気な風でも弱気な人もたくさんいるだろう。私が強気な見た目だけど実は内面はとてもシャイな子だったら、周囲が抱く私のイメージとは食い違う自分に悩んだに違いない。

 結局、私の彼女への怒りは、この様な見た目なのだから、中身もこうであるべきなのだという、ただの勝手な私の願望の押しつけでしかなかったのだ。急に申し訳なくなった。

「……これからどうするの? 図書部員で過ごすの?」

 なんかムズムズして、でもこのまま黙っているのも居た堪れないから、私は彼女の今後について伺ってみた。

「ううん、図書部員だけは止めとくよ。でも、これからどうしようかな」

 彼女はもう、心の内を隠さず私に喋ってくる。

「……VTuber部とかどう?」

 私は、おそるおそる窺う様に聞いてみた。彼女が3人目の部員になってくれたらいいなって、淡い期待を持ちつつ……。

「VTuber部? この学園そんな部活動もあるんだね。面白そうでいいんじゃない?」

「……何を隠そう、私がそのVTuber部の部員1なんだけど……」

 そして私は、図書室で深い溜め息をついていた理由を彼女に話した。この時にはもう、彼女をVTuber部に勧誘する気満々だった。

「VTuberって知ってる? 私、この学園でVTuberをするつもりなんだ。でも、部員がもう1人足らなくて……」

「知ってるよ、VTuber。でも、VTuber活動するのには色々と必要でしょ?」

「そこは大丈夫なんだ。プログラミング部っていう強力な後ろ盾を持っているから!」

 私は、時に身振りを大げさにして、彼女にVTuber部のプレゼンテーションをした。

 VTuberなら制限こそあれ、踊ることも出来る。

 おそらく、ダンスの技術が水準に達していなくても、練習と気合と技術でそれなりに上手にキャラクターを踊らせることが出来る。

 そして、その中に入って踊っているのは私達なんだ。

 今すぐに、彼女にVTuber部に入部して欲しいと言いたくてうずうずしていた。

「んー、どうしよっかなぁ。まぁ、何もすること無いしね。というか、貴方のせいでしたいこと出来なくなっちゃったし」

 うぅ……、ごめんなさい。でも大丈夫! 私なら、VTuber部ならきっと、ダンス部で活動するよりも楽しい学園生活を貴方に過ごさせることができる。

「私の名前は緒川結依だよ。そういえば、貴方の名前は?」

「私? 私は、糸ヶ崎恋いとがさきれんだよ」

れん、何もする予定がないなら、VTuber部に入らない? 何もしない学園生活を送るよりかは、絶対楽しいから!」

 胸をドキドキとさせながら言った私の言葉に、

「…………うん、分かった! VTuber部に入部してあげる。その代わり、絶対楽しい日々にさせてね!」

 彼女は笑顔で、VTuber部への入部を承諾してくれたのだ。

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