3章6話:分断

「わー! キラキラしてる!」


 森林の中を小さな光が点々と蠢いていた。蛍のようなそれにフミーは目を輝かせる。

 赤、青、黄、緑、桃、白——様々な色の光が存在を主張し、それは煌めく宝石のようだ。


「あれは妖精さんだよ」


「妖精!? 初めて見た!」


「追いかけて離れなれて迷子にならないようにね」


「子供じゃないんだし、そんな落ち着きないことしないよ!」


 仕方ないことだが、父様はフミーをまだ子供のままだと思っているのかもしれない。だが、決まりごとを破って森に入り迷子になってたような頃とは違うのだ。妖精を見かけてテンションが上がっているのは確かだが、追いかけて行きたい気持ちを抑えることくらいできる。


「妖精……ということはこの辺りには魔物はいなそうですね」


「そうなの?」


「ええ。魔物のいる場所に妖精は住み着きませんから。……逆に、妖精が見当たらなくなったら魔物の警戒をした方がいいですね」


 妖精の解説をネオンはしてくれた。

 流石に今、日記帳を取り出してメモをすることはできないため頭の中にメモをする。


「わっ」


 驚く声を放ったのはリーゼだった。振り向いて確認すると、リーゼの近くには妖精がいて、絡みつかれていた。


「羨ましい……」


「なんでだよ! ——鬱陶しいな、おい……ウチじゃなくてフミーの方行けよ……」


 フミーは羨望の眼差しを向けるが、リーゼは妖精を振り払うように体を振っていた。


「妖精は子供好きですからね」


「子供じゃねぇよ! とっくに成人済みだわ!」


 ネオンがリーゼへ微笑ましい視線を向けるも、リーゼは肩を怒らせた。

 ネオンは長く生きてるそうだし、リーゼは子供に見えるのかもしれない。


「あ〜〜! なんだよもう!」


 そんな調子でリーゼが眉を顰めて、数十分歩いたところだ。


 リーゼへ引っ付いていた妖精が離れ、どこかへ飛んでいく。


「お、やっと離れたぜ」


 リーゼがホッと息を吐くが、ネオンは警戒を表情に浮かばせた。


「ホッとしてないで気を張ってください。妖精が離れたということは魔物が近くにいるかもしれません」


「うーす」


 気の抜けた返事をするリーゼの精神力は素直に関心する反面、危険な状況に慣れすぎて麻痺してるのではと少し疑問だ。


「……!」


 橙色の光が差し込んだのに気づき、フミーが上を見上げると空が薄ら見える。夕方になったようだ。 

 ランタンがあるとはいえ、魔物が活発的になるという夜に動くのは避けたい。その前にエルフの里に着きたいところである。


 ——そんなことをぼんやり考えていたフミーの耳へ異音が入った。


「キュ、キュ、キュタ、キュタタ——」

 

 床を磨いているような、そんな音だ。


 ふと、こんな話を思い出す。昔からある話だ。


 ——昼と夜の間、薄暗くなってくる夕方、それは逢魔時と呼ばれる時刻であり、不吉なことが起きると。


「……」


 目の前の異音を発する物体に寒気が止まらない。息が上手くできず、心音が激しく拍子を刻み、父様でもリーゼでもネオンでも誰でもいいから手を握って安心してしまいたくとも体は痺れて動かない。

 目玉だらけの一頭身の魔物を見た時よりも、本能が危険を訴えていた。


「なんだあれ」


 いつも通り、軽い口調のリーゼの言葉に心底救われる。


 その姿をフミーは本で見たことがある。それは『和』について書かれていた本だった。

 一瞬、人の顔が浮いてあると錯覚するようなその物体の名は——


「能面」


 父様が、口に出した。


 そう、能面。一部の地域の演劇で使用されるという仮面の一つだ。


 目の前のそれは女の面である。

 真っ白い肌に細く黒い目、赤い口紅を塗った口は半開きだ。

 火の玉を纏いながら、それは浮いていた。


「キュタッ、キュ、キュタタッ、キュタタタタッ——」


 依然、それは音を発し続けている。

 むしろ、段々激しくなっているような気がする。

 不安を煽る笑い声のようなそれは、フミーの精神を削っていく。


「あれも魔物……でしょうか。どうします? ここから遠距離攻撃してみますか?」


「そうだね。何処かにいってくれる気はなさそうだし」


 能面を注視するネオンとアヤート。本当に頼りになる二人だ。


 ネオンは地面に落ちていた掌サイズの石を徐に拾い、綺麗な投球フォームでそれを能面を目掛けて投げた。

 宙を切り裂くような音を出しながら、投球コースのライン状に薄い霧は吹き飛ぶ。

 目では追いつけず、気づけば高く軽い音が鳴り仮面へ命中した様子だけがあった。

 人間に当たれば血が吹き出すこと間違いなく、それどころか貫通しそうなほどの勢いだ。

 だが、少なくとも能面は割れてはいない。ここからでは傷がついたかはわからないところだが、とんでもない耐久性であることは確認できた。


「キュタ、キュタ、……キュ、……」


 石を投げられた能面は、放っていた異音を止める。


 双方が見つめ合う時間が数秒。


「来る!」「来ます!」


 父様とネオンが同時叫んでは、父様がフミーを抱えて大きく飛び退ける。ネオンと声に反応したリーゼも同様に飛び退く。


「——!!」


 地面が破裂するような音と共に土煙が上がる。

 先ほどまでフミーたちがいた地面へ、能面の周りに浮遊していた火の玉が激突していた。


「ネオン! リーゼさん! そっちは平気かい!?」


 父様がネオンたちの飛び退いた方向へ呼びかけるも、返事はない。

 飛び退いてかわすのは見ていた以上、無事ではあるはず。


「距離が空いてしまったみたいだ」


 少なくとも、見える範囲に二人の姿はない。


「父様、あの能面は?」


「近づいてくる気配はないし、僕たちを見失ったのかもしれない。でもフミー、絶対僕のそばを離れないでね」


「うん!」


 力強く返事をして、父様の手を握ろうとした瞬間だ。

 握る前に手の力が抜けて、視界が傾く。

 視界が低くなり、自分が横に倒れたことに気づいた。


「フミー!?」


 父様が呼ぶ声に、返す気力がない。応えなければと思うのに。言葉を作れず、息を吸って吐くことしかできない。


 ただ、足首に違和感を感じるような——。


「——くっ、これか!」


 そこには何かあるようで、父様は声を上げる。フミーもゆっくり視線をそこへ下す。

 そこには、どこから伸びたのか細いつる(蔓)が三重四重になって絡まっていた。

 それを父様は切れば、重かった体が軽くなった。


「動ける!」


 倦怠感は残っているが動けるだけはある。

 そのまま起き上がれば父様に心配かけたようで頭を撫でられた。


 ——と、安心したのも束の間だ。


 フミーの足に絡まっていたつると同じものが大量に波のように押し寄せてきた。

 千本、いや一万本、はたまた十万本かもっとかもしれない。それだけのつるがこちらを目掛けて襲来する。

 右側から押し寄せてきたので逃げようと左側を見れば、同じように押し寄せてきていた。四方八方、上下左右、あらゆる角度から囲むようにフミーの父様を今にも呑み込もうと迫ってきて——


「は——っ!!」


 父様は、左右上のつるを炎魔法の火を喰らわせ焼き払わんとする。

 下から這ってきたつるは白い光の刃で切っていた。それに、思わず目を奪われる。


「……」


 白い光の刃、光魔法の攻撃応用。フミーが扱えるようになろうとしていたものだ。


「くっ……」


 父様がいくら対処しようが、炎魔法と光魔法を同時に操ろうが無限に湧き出てくるかのように伸びてくるそのつるを父様は奥歯を噛んで睨みつける。


 フミーも手伝えれば。そう思うが、光魔法の攻撃応用を一度も成功させたことはない。

 下手に動いて父様の邪魔をするかもしれない。


 しかし、ある記憶が湧き出す。


『実践経験かもな。こう……死にかけたり、殺されかけたりすれば嫌でも集中極まって上達するもんだ』


 ある時にリーゼが言っていたことだ。


 髪を結っている紅のリボンへ触れる。


「うん。今だよね、それが」


 一度深呼吸をして焦っていた呼吸を整える。


 ありったけの集中と力を込めて光の刃を生み出した。


「エヤ——っ!!」


 それを、父様に向かって伸びるつるへ掌をかざせば小気味良い音を立ててつるが切れた。


「フミー……!!」


 名前を呼ぶ父様へ笑いかける。


 凄いでしょ。そんな自慢するかのような意味を込めて。


「たぁっ! えいっ! やっ!」


 父様と一緒に、まだ父様には全然及ばないフミーが背中を合わせて立ち向かう。

 

「今度、欲しいもの何でも買ってあげるよ」


「やったーっ!」


 今なら、何時間だって戦える。


 そんな気がした。


 しかし、何十分か戦ったところで体力がなくなってきて、ふらふらとしてくる。

 本当に気がしただけだった。


「はぁ……はぁ……」


「……ふぅ」


 1時間近く戦っただろうか。


 フミーは途中からは魔法を使いすぎによる疲労で気絶しないようにするのが精一杯で、後半は父様一人の力だった。


「どうにか、追っ払えたみたい」


「うん。やったね……!」


 二人はホッと息を吐く。


 ——その安堵もまた、束の間だった。


「キュ、キュ、キュタ、キュタタ——」


 一難去ってまた一難、さらにもう一難。


 ネオンやリーゼと分断された元凶である存在の発する音が、聞こえてきた。

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