3章2話:旧友未満な二人

 時刻は深夜2時。

 睡眠をする機能は備わっているものの睡眠を必要とはしないネオンは、気まぐれに船の中を探索していた。すると、こんな時間だろうと輝かしく営業していたカジノが彼女の目につく。赴くままに入り遊んでみたものの、しょっぱい儲けに収まるだけだった。

 その後、夜風に当たるべく甲板に出てみれば、月明かりの中で佇むネオンの見知った後ろ姿がある。


「船酔いはマシになりましたか、アヤート」


「……ネオン。眠くないのかい?」


 ネオンが声をかければ、雪のような白髪を夜風に靡かせアヤートは振り返る。


「私は睡眠なくても平気です。そういう風に作られてますから。あなたこそどうしたんですか」


「夜風に当たりにきたんだ」


 アヤートは星が広がる夜空を見上げた。


「眠くないんです?」


 さっきのアヤートと同じ質問をネオンはする。


「さっきまで寝ていたけど、目が覚めてしまってね」


 真相を深掘ると、アヤートは悪夢を見て飛び起きたのだ。

 組織『テーキット』にされた度重なる実験という名の拷問のような出来事、屈辱的な日々。

 それを何度も夢に見て、全身を汗だくにし心臓をうるさく鳴らしながら飛び起きる。それは船上で生活する前から起こっていたことでありペースは3日に1回ほどだったが、船酔いのせいかここのところほぼ毎日になっている。

 だが、それを誰かに言うことをアヤートはしなかった。


「そうですか。眠くなるまで付き合いますよ」


「ありがとう」


 ネオンはアヤートの隣へ並びチラッとアヤートの顔を見る。大人の魅力を醸し出す紳士的な美中年だ。若い頃はモテて今も今でモテることが察せられる容姿。

 ネオ・ハクターの記憶があるネオンは、自身が生まれた時からその姿を知っていた。

 ネオ・ハクターの記憶を通して彼という人物が頭の中にあったのだ。

 彼がネオ・ハクターへ娘を託した故にネオンは作られたため、ネオンの誕生のきっかけともいえる人物。

 故に、幽閉解除が停滞し自身の役目、アイデンティティに苦しめられていた頃、ネオンはアヤートを恨んだことがあった。

 だが、今はどうだろうか。


 感謝できるようになっている気がする。そう思いながら月明かりに照らされるアヤートの横顔を見ていたネオンは彼と目が合った。


「ありがとう」


「……? どうして2回目です?」


 眠くなるまで付き合うと言ったネオンへお礼を言ったばかりのアヤートはまたお礼を言う。それに首を傾げるネオン。


「フミーに魔法教えてくれてるだろう」


「ああ、その件ですか」


 炎魔法から光魔法へ切り替えてからのフミーの成長は目覚ましい。ネオンは光魔法が不得手なためこのままいけば確実にネオン以上の使い手になる。


「フミーは炎魔法がダメで光魔法の適正が凄く高いですね。他はどうかわかりませんが、今は光魔法を集中的に特訓中です」


「光魔法か……。辺りを照らしたり目眩しする程度のものなら使える人も多いけど、攻撃魔法へ応用できるレベルになると途端に使い手がいなくなるのはどうしてだろうね」


「私のように一応使えたとしても扱いづらくて結局使わない人も多い印象です」


 だからこそ、


「フミーの才能は貴重ですね。そして、その貴重さというのは武器になりますから凄いことですよ」


「流石フミーだ」


 娘を褒められて花を飛ばすが如く嬉しそうなアヤートであった。

 娘思いな父親である。


 ——そんなアヤートだから、幽閉という手段を取って娘を取り残してまで組織と戦おうとしたのだろう。

 フミーを幽閉した後、アヤートは当時の警備隊と協力し組織を壊滅させようとしていた。そこへネオ・ハクターも参戦しかけていたが、アヤートはそれを止めてフミーを託したのだ。


「ありがとうございます」


「……? 何に対してだい?」


「何に……、ネオ・ハクターに託してくれたことですかね」


「……」


 ネオ・ハクターという人物は、アヤートから託されていなければフミーの幽閉のことを知っていようがコピー人形を作ってまで成し遂げようとはしなかったはずだ。

 アヤートという存在はネオンの存在と密接である。


「こちらこそ、幽閉を解いてくれてありがとう」


「そのお礼は何度ももう聞きましたよ」


 真剣にネオンへ向き合うアヤートに笑むネオン。

 波の音がそんな二人を引き立たせる。


 実のところアヤートは、ネオンとの接し方に慎重になっていた。

 友人であったネオ・ハクターが亡くなったという実感も薄い中、容姿が瓜二つの彼女をネオ・ハクターと間違えてしまいそうで。

 しかし、こうしてアヤートと喋るネオンはネオ・ハクターと似ても似つかない。同じ声なのにだ。

 ネオ・ハクターならば「フミーにはアヤートの才能が遺伝してないみたいだ」くらい言うのがアヤートは想像できるが、ネオンはそんなことを言わない。

 悪気なくそんなことを言いそうな友人はもういない。

 それを実感できた長命な男は波の音へ耳を傾けながら目を伏せた。

 ネオンも同じく波の音を聞いている。


「海って色んな言い伝えがありますよね。人魚がいるとか幽霊船だとか——死んだ人の魂が集まるとか」


「……だとしたら一番は妻に会いたいな。フミーを一人にしたことを怒られそうだけどね」


「私は……ネオ・ハクターですかね。まぁ、彼女の魂は特殊な管理をされてるのでここにはないでしょうけど」


 会えたら何を話そうか。

 それは考えるだけ自由であるが、それは同時に自らを苦しめるものだ。

 本当に会えやしないのだから。


「あなたは……生き返らせたいとは思わないのですか?」


 ネオンは疑問を口にする。

 フミーが好きな男を生き返らせようと奮闘しているのだ。それに感化されても不思議ではない。


「できるものなら生き返らせたいよ。でも、僕はフミーのために生きるから。フミーが生き返らせたいと願わないんだったらそれまでだ」


「そうですか」


 そういうものなのかと納得を示すネオン。

 そこから数分、沈黙が流れる。


 アヤートは長寿であり、ネオンは人工的に作られた存在。普通の人間よりも死から遠い二人。そんな二人は互いに死について考えているのだ。


 例えば、ネオンはリクのことを思い浮かべていた。彼のことをネオンは愛しているが、彼はネオンよりも早く死ぬことだろう。丈夫で長く生きれるように作られたネオンは死のうと思わない限り生き続けられる以上、それは決まった運命のようだった。

 だがリクだけではない。長命なアヤートやフミーが死んだ後だろうと生き続けることが可能であるのが彼女であった。いつの日か死にたいと思ってしまうかもしれない。死のうとするのかもしれない。

 そんな自分の未来を想像しながら月の道ができた海上をネオンは見つめた。


「僕はそろそろ戻って二度寝するよ。睡眠不足はよくないからね」


「私は……もう少しここにいます」


 ネオンとの会話と夜風に満足したアヤートは船内へ戻っていく。その背中をネオンは見送った。


「きれい」


 空を見上げれば、ネオンの瞳に大きくて丸い満月が浮かぶ。ムーンロードができているわけである。

 月光で作られたその道に乗って、このまま船が月へ向かってしまいそうだ。


 アヤートが戻り誰もいない、そんな甲板で一人ネオンは佇む。


 睡眠が必要ないネオンだが、睡眠をすることがある。普通の人間と感覚を合わせたいのか、夜の世界に置いていかれたくないからなのか、睡眠の感覚が好きなのか、ネオン自身もわからないことだ。


 だが、一人でいるネオンの今の心境としては、孤独に夜の世界へ彷徨いたくないというところだ。寝て、朝にして、早く人々が活動を始める時へ追いついてしまいたい。

 彼女の中にそんな気持ちが燻る。


 自室で戻って寝てしまおうと船内への扉へ足を向けるも、それはやめる。


 こうして一人で佇む時が自分の結末のようで、それを味わうことにした。自分を傷つけることだとしても。


 そのままネオンが寝ることはなく、夜が明けるまでそうしていた。

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