第34章 延長戦突入
九死に一生を得た七回裏(さいしゅうかい)、同点に追いついた千楓たち葛城学園女子野球部
ホームインした梓をベンチ前で出迎える千楓
「おかえり梓、まだ"ばってりー"でいられそうだね」
「ただいま。首の皮一枚ってとこかな」
コンっ!
拳と拳がぶつかり、乾いた音がベンチにこだまする。
お祭り騒ぎの一塁側ベンチの上、後方席(バックスタンド)
試合を見守っていた凛が、胸を押さえて息を吐く。
「良かった〜、捕られたかと思った」
「タイミングよく風が吹きましたね。運が良かった」
「運だけじゃねえさ」
球場にまだ金属音の余韻が残る中、
煌星はグラウンドを見つめたまま、低く呟く。
「運だけじゃない?」
凛が振り向く。
「いまのバッター、力任せに見えて最後まで振り抜いていた。あれは普段からそういうスイングを叩き込んでる証拠だ」
「つまり、努力が生んだ一打ってことね」
凛の声に執事も頷く。
煌星の視線の先、グラウンドでは千楓と梓が汗に濡れた笑みを交わしていた。
煌星の口元がかすかに動いた。誰も気づかない、ほんの一瞬の笑み。
ーーーそして更にその上、葛城市民球場の来賓席
「あーあ、同点になってしまったか…」
「しぶといですね」
「延長までになるとは…このあとに大事な仕事があるんだなぁ」
「本当ですよ、早く終わらせるために7回までにさせたのに」
「ふふ、そう言いながら拳を強く握っていらっしゃる」
指摘され、理事たちは慌てて手を背に隠した。
レオーヌはそんな様子に口元を緩め、ふと胸の奥に“かつてのエース”の影を思い浮かべた。
ーーー三塁側レッドアイアンズベンチ
「追いつかれましたね」
「……」
淡々と話す秘書兼マネージャーと腕を組んで冷静にグラウンドを見つめる芦屋監督
「これも監督の想定内ですか…」
「いや違うよ。この場面だけでも野球に対する思いは我々より上を行っている…すごい子たちだ」
「思い…ですか」
「ああ、心の底から熱くなるやつだ。姫子も経験あるだろう?」
「昔の話です」
芦屋監督の問いかけに冷たくあしらう芦屋姫子秘書兼マネージャーだった
ーーーそしてまた一塁側ベンチに戻る
パンッ、パンッ!
千楓が両手を叩き、チームを振り向かせる。
「さあ!まだまだ、攻撃は終わってないよ!続いて行こう!!」
「「「おー!」」」
チームを鼓舞する千楓を見て笑みを浮かべる梓
「いつの間にか、キミの方がキャプテンらしくなってしまったな」
少し寂しそうに言いながら梓は捕手(キャッチャー)の防具などを着ける
「何を言ってるの、キャプテンは梓でしょ。まだ試合は終わってないよ」
「そうだったな。千楓の体調はどうだ?まだ投げれそうか」
「まだまだいけるよ。元々9回まで投げる予定だったんだからね、準備運動のキャッチボールしてくる」
「じゃあ私が…」
「梓は戻ってきたばかりでしょ、休んでて。あたしのキャッチボールの相手は晴佳に頼むから」
千楓は右手をグーパーと開いたり閉じたりしつつ声援を送ってる後輩の野球部員に声をかけて裏に消えた
その様子を見てベンチに座っていると何かに気づいて夏海に声をかける
「夏海先生」
「ん?なんだ」
「リオンの姿が見えませんがブルペンですか?」
「おう!リオンにはアップの手伝いに行ってもらってるぞ!」
「手伝い?」
「あ、いやいや違う!登板の準備はしっかりしてもらってるから安心してくれ!」
夏海の変な言葉に引っかかる梓に夏海は慌てて訂正する
「そうですか、ありがとうございます」
カチャカチャ
(千楓は大丈夫だというが準備はしていたほうがいい。このあとは延長戦か、タイブレークとはいえ何回まで続くかわからないからな)
梓はベンチの中でコンクリートの地面をスパイクの金属音で鳴らしながら歩いて考えていると
ドン!
「ストライクスリー!バッターアウト!」
グラウンドから捕球音と審判のコールが聞こえる
「やはり延長か」
頭にキャッチャー用ヘルメットをつけて右手にマスクを左手にキャッチャーミットを持ってベンチを駆け出した
ーーー
延長8回表、レッドアイアンズの攻撃が始まる直前の三塁側ベンチ前にて
芦屋監督を中心に円を作っていた
「ここまでの展開を試合前に描いてたやついる?」
芦屋監督の質問に無言で答えるナインたち
「いるわけはないよなぁ…俺だって軽く捻って終わりだと思ってた。」
自虐的に笑みを浮かべながら淡々と語る芦屋監督
「けど、感じたろ?あの子たちの熱い思いってやつをよ!」
「「「はい!」」」
帽子のつばを軽く持ち上げ、監督は声を張る。
「この試合がどう転んでも、廃部にはさせねぇ。俺が動く。だからお前らは――全力でやれ。野球バカとして、胸張ってぶつかれ!」
「「「はいっ!」」」
その声がスタンドまで響く。
熱が、風に乗ってダイヤモンドを包み込む。
「何を喋ってるのか知らないけど、おじさんたち…熱いね」
「ああ、胸が焦げるような感覚だ。こんな熱さは、キミとシニアの大会で戦った時以来かな」
「あの時は、あたしの勝ちだったかな」
「試合に勝ったのは私だ」
「そうだっけ?まあな、今日は2人で勝とうよ」
「そうだな」
互いに持っていた燻っていたものが熱狂となって共鳴しあった。
そして――延長八回表、我慢くらべの勝負の幕が上がる。
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