ウェンカムイ(7)

 伊之助が茶室を出ると、外はすっかり暗くなっていた。彼は夕食の手伝いを思い出し、台所へと向かう。すると、墓守が竃の前で火の番をしていた。声をかけようとしたが、その前に彼がこちらを見上げた。その顔には生気が感じられなかった。

「さっきは、すまなかったな」

「いや、気にしてねぇよ」

伊之助の言葉に墓守は微笑む。自然な笑みだが、何処か無理をしているようにも感じられた。

「お前大丈夫か? 顔が青いぞ」

「……心配は、いらない。私の顔色が悪いのはいつものことだから」

 彼は皮肉混じりにそう言ったが、伊之助は住職の話を思い返して笑えなかった。

 今の墓守はただの不調のように見えるが、本当はウェンカムイに蝕まれつつあるのだ。

「そんなことより」

 話を変えるかのように、墓守はあるものを差し出す。それは、先程預かるという名目で奪われた木刀だった。

「これ、綺麗にしておいた」

 墓守から受け取り眺め回せば、確かに手垢塗れだった柄が新品のような輝きを見せている。玄人の伊之助が苦戦したそれをどう手入れしたのかと彼は首を捻る。

「すまねぇな、随分手こずっただろ?」

「いや、こちらこそ。大方、子供たちの誰かが引っ張り出してきたんだろう?」

「ああ。蔵にあったらしい。昔使われていたのか?」

 墓守はコクリと頷く。

「恵仁様のお弟子に勇猛果敢な僧がいたんだ。だが今は他の寺院に移り、そこで住職をしている」

 早口で説明しながら、墓守は伊之助を眺め回す。不安そうな目の色に、伊之助は怪訝な顔を見せる。

「……それで、お前は、何ともなかったか?」

「何とも?」

「何処か気持ち悪いとか、嫌な気分だとか。後は、背や肩がやけに重い、とか」

「いや、特には」

「それなら、良い」

 ふぅっと息を吐き、墓守は目線を竃に戻す。

「長々と悪かったな。具材を切ってくれないか」

「ああ、任せとけ」

 木刀を帯に差しながら、伊之助は並べられた野菜を見渡す。山を降りて仕入れたり、周辺の村から貰うというそれらは、そのままでも食べられそうなほど新鮮だ。

 伊之助は包丁を手に取りながら、そっと墓守の様子を伺う。揺らめく炎を見つめる彼の瞳は様々な感情を語っていた。

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