第2章 龍神の池

龍神の池(1)

 森の奥深く。ひとりの娘が池で水を飲んでいた。その澄んだ水はよっぽど美味らしく、娘の手は止まらなかった。

『ちょっと、そこのお嬢さん』

 と、通りかかったひとりの青年が彼女を呼び止めた。顔を上げた娘はいきなり持ち上げられる。

「きゃあ!」

 悲鳴を上げた彼女は、巷で横行している人攫いだと思った。しかし、彼は娘をかどわかそうとはしなかった。

 近くの木の幹に少女を下ろすと、こう言った。

『その池には、近づいてはならないよ』

「どうして?」

『そこには、大きな蛇が棲んでいるんだ。見つかったら、食べられてしまうんだよ』

「どうしてそんなことするの?」

『蛇はお嫁さん探しをしているのさ。だから、気に入った女の子を見つけると、池に引きずり込んでしまうんだよ』

 青年が語る間にも、娘の頭の中には疑問が沢山浮かんでいた。

「どうしてお嫁さん探しをするの?」

『蛇はきっと寂しいんだ。自分以外誰もいない池が嫌いなんだね。だから、お嫁さん探しをしているんだ』

「でも、食べちゃうんでしょう?」

 まんまるとした怯えた目つきに、青年はクスリと笑う。

『そうだね。たいていのお嫁さんは、池に入ったら溺れ死んでしまうんだ。そのままにしておくわけにもいかないから、蛇は食べてしまうんだよ』

「こわい。蛇さんのお嫁さんになりたくない」

『どうしてそう思うんだい?』

「だって、死んじゃうんでしょう? 池に落ちて蛇さんに食べられちゃうなんて、そんなのいや」

今にも泣き出しそうな娘。そんな彼女の瞳を見つめながら、青年はポツリと口にした。

『じゃあ、もし池に落ちても死ななかったら、蛇のお嫁さんになっても良いのかい?』

「え?」

『なぁんて、冗談だよ。でも、君には忠告したからね。絶対に、池には近づいてはいけないよ』

「うん、わかった」

『良い子だ。さぁ、お家にお帰り。お母さんがきっと心配しているよ』

「はい!」

 その日の夜。娘は両親に不思議な話を聞かせて見せた。蛇が嫁を取る話を。

 両親は子どもの話だと、軽く受け流していた。しかし翌朝、彼女は水を汲みに出かけて行ったきり、二度と帰って来ることはなかったという――。

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