31.マリアンヌ
――マリアンヌ様、ご報告がございます。
護衛の一人、ゼノンが背後から現れた。控えめながらも鋭い声が、部屋の静寂を破る。
「話せ」
私は振り返らず、首を少し後ろに傾けて小声で促す。
「セリオス様の書斎と思われる部屋から、このようなものが――」
ゼノンは書類を差し出した。その手から受け取った瞬間、私は思わずセリオスを一瞥する。
セリオスは動揺を見せたものの、すぐに平然を装った。
私は書類を開き、その内容に目を通し
――驚愕した。
手元の書類には、魔薬に関する詳細な情報が記されていた。それは、魔薬の流通経路、成分、さらには浄化方法まで網羅している。一部を読むだけでも、この情報が極めて重要であることが分かる。
「セリオス――これについて何か説明はある?」
私は書類をテーブルへ打ち付け、その上に手のひらを強く置いて彼を問い詰めた。
セリオスは冷静だった。
「マリアンヌ殿下、内容を隅々まで確認いただけますでしょうか。特に考察の最後の部分を。」
彼の指摘に従い、改めて最後の一文に目を留める。
――「本研究は仮説生成的性格を有しており、実証的研究による裏付けが求められる」
「……?」
論文のような形式――つまりこれは報告書ではなく、研究の一環だとでも言いたいのだろうか。
「すみません。これはデータを元に生成した報告になりますので、事実かどうかの検証がされておらず、これを元に行動をすると混乱を招く可能性があるものになっておりまして……」
セリオスは申し訳なさそうに頭を下げた。
だが、その内容を見る限り、十分に証拠として成立するもの。
私は語気を強め、セリオスに尋ねた。
「この報告書を頂くことは可能かしら」
セリオスは少し考え込んだ後、静かに答えた。
「殿下のみが閲覧することをお約束いただけるのであれば、問題ございません」
――なぜ、と聞くまでもないわね。
私は当然のように頷く。
「この書類の性質上、真偽を確認しながら捜索を進める必要がございます。その点をご理解いただける方でなければ、活用は難しいかと存じます」
「それでも、この書類は現状何も分かっていない私たちにとって、非常に有用だわ」
私はセリオスの言葉に同意しつつ、書類の重要性を再確認した。
「それはお役に立てそうで、嬉しく思います」
セリオスは微笑しながら、穏やかに応じた。
その瞬間、私は心眼魔法を発動する。
――嘘はないのね。
「それで、この情報源も言えないということかしら」
私は情報源を吐けと言わんばかりに問いを投げかけた。
「仰る通りでございます」
申し訳なさそうな態度とは裏腹に、どこか余裕を感じさせる。その姿に、不思議な違和感を覚える。
――情報源を隠すことで、身内の魔薬関与を逸らしているのか?
だが、心眼魔法を信じる限り、セリオスに嘘はない。今は彼を信用しても大丈夫だろうか。
「マリアンヌ様、このような物も見つかりました」
次にゼノンが後ろから差し出したのは、一つのランプだった。
――まだ、何か出てくるの。
私は少し驚きながら、そのランプに目を向ける。サイズはやや大きく、重厚な造りをしている。ただの装飾品にしては、いかにも特別な雰囲気が漂っていた。
「魔力を使用せずに、触れてください」
私は机の上にランプをのせる。
書斎から勝手に持ってきたのに、セリオスの反応は特に変化が見られない。
――想定内ということなのね。
私はゼノンに言われるがままランプへ触れる。
――瞬間、明るい光がランプから放たれる。
この明かりはどう見ても、魔力による光。ということは
「……魔導具?」
――魔力を必要としない魔導具。
これは当時タリアが魔導師学会の魔導具技師大会で発表――『魔導具の最低必要魔力の削減に関する研究:ランプ型魔導具の魔力回路を対象として』の発展型であるのは間違いなさそうである。
しかし、誰が……これもニーナと名乗るメイドか。
「セリオス。このランプはニーナが作ったのか?」
私は再び圧を出しつつ、セリオスへ質問をする。
「仰る通りでございます。」
やはり……。しかし、これはまずい。国王に報告をしなければ。魔力を持たなくても魔法が使える時代がもう来ていることになる。それはつまり、魔法という力の独占が崩れることを意味する。
これは王国にとっては極めて危険な状態である。
――やはり。この技術はただ事ではない。
私は冷静を装いながらも、内心では緊張が走る。
「セリオス。この魔導具はなんだ?」
「はい。ご覧の通り、魔力を必要としない魔導具のランプになります。」
私の問いにズレた返答をするセリオスに対し一瞬固まってしまう。
セリオスはそんな私の反応を気にする様子もなく、理路整然と説明を続ける。
セリオスはランプから、大き目の魔石を取り出す。
「このランプの魔石に魔力を蓄積させることで、魔力を必要としない構造になっております。この魔石はナイトメアホースの……」
「ナイトメアホースの魔石だと……?」
「魔の森では比較的多く見られる魔物になります。」
私は手で顔を覆いながら、説明をする。
「先程からそういうことを聞いているのではないんだかな……。そもそも、魔石というのは魔物の元となるものと言われているのを知らんのか?こんなところでB級の魔物が出てきたらどうする?」
「そうならないように処置されています。この魔石をご覧になって下さい。」
私は手渡された魔石を眺める。
魔石には魔力回路が書かれているおり、回路をよくみると細かい呪文で書かれている。その回路が常に紫色に淡く光っている。
「なんだこの細かい呪文は……それに呪文で回路を書くなど、どんだけの集中力と魔力を必要に……。この技術だけでも人間技ではないぞ」
「こちらもニーナによる魔導具になります。」
意気消沈しながら、更に質問をする。
「このようなことが、できるのはこの領で何人くらいいる?」
「知っているだけでも、数人はいます。ノエル室長も可能です」
「確かにあの者ならできるかもしれないわ……」
私はもう何から国王に報告したらいいのかが分からなくなってきていた……。
その時、ゼノンが再び口を開いた。
「マリアンヌ様、この書類とランプ以外にも、別の調査結果が――」
「まだあるの?」
私は思わずゼノンを見つめた。
ゼノンは頷き、次の報告の準備を始める。
――どうやら、これで終わりではないらしい。
私は心の中で覚悟を決めた。
――国王への報告内容がさらに増えることを。
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