三章 残り香と累積



「また失敗だ!」


 薄暗い研究室に慟哭が響く。女の声だ。


(このままでは世界なぞ救えない。人の……だめだ!そんなものは!そんなものは……。)


 彼女は頭を抱えながらうなだれる。今まで自身が考案したものはどれもこれもうまく生きやしない。かつての先代たちの残した研究を超えることなどできなかった。

 時間も金も物もなにもかもが尽きかけている。残されたものは…。

 いや!しかし……!禁忌に手を染めようと言うのか、それは……。

 そんな、時。部屋の扉が開く。


「おい。大丈夫か?」


 何とも言えない中肉中背と言う反応に困る言葉が実によく似合う少年の姿があった。


「さっき、随分と荒れてたじゃないか?少し休むか?」


 彼は手元に自分と私の分の暖かいお茶をもっていた。


「飲むだろう?軽食でもと思ったのだが、あいにく時間も夜なのでな、この程普度済ませたほうがいいだろう。」


 相も変わらず彼の入れるお茶は美味しい。前に淹れ方を教えてもらったのだが、どうも私がやっても彼のような味にはならない。材料から手順・時間に至るまで同じだというのに、これも研究した方がいいかな?

 そんな、職業病じみた考えが出てきた自分にあきあきしながら。二人でしばしの談笑に興じる。たわいもない話。近所のおばさんがどうしたとか最近葉の野菜が安いなどといったものだ。


「しかし、やはり君の入れる茶は美味しいな。この間食べた野菜炒めも美味しかった。」



「そんなことないよ。俺はこんな風に特別な才覚なんてないからさ、こんなもんばかりが上手くなっていく。」


「そう、卑下するな。私なぞ家事などからっきしだぞ。君にこうしてお世話になっているのが何よりの証拠だ。」


 コンを詰めた頭にはこう言う話がよく効く。しかし、そんな油断と彼への信頼がだめだったのだろう。

 彼女はつい。口から言葉が出てしまう。


「ねぇ。オウコ。」


「なんだ?ハル?」


 言ってはいけない。彼は善人で、人がいい。だから言ってはいけない。


「もし────私が────」


 ダメだ。彼は関係がない。

 今だって、ただ、心配してくれただけで、彼は私の研究を知らない。


「私に、私と、どこまでついて行ってくれる?」


 彼はにこりと笑いながら、ただ、一言だけ答える。


「ハルとならどこへでもついて行ってあげるよ。さぁ二人でどこへ行こうか?」


 心中。そんな二文字が私の中に浮かび上がった。

 そうして、ハルは夢から覚める。


「よう。起きたか」


 ハルが飛び起きたとき、目の目にはガレキの中でも焚火をおこし、佇むギュウのであった。


「……オウコは!?」


 ハルの第一声は、それであった。それにギュウは虚空を見つめながら答える。


「不安に思え、まだ生きとるよ。」


 ギュウはゆっくりと事の顛末を話し始めた。

 時間は数時間前。オウコの一撃は辺り一面を大爆発で包み込んだ。

 二人はなんとかハルの張ったバリアによって、無傷であったが、ハルはそれに予想以上に力を使いすぎてしまったためか、その場に倒れこんでしまう。


「ハル!おい!ハル!」


 なんとか呼び起こそうとするも、目から血をながし、手の先が痙攣するばかりであった。


「おい…。」


 二人の目の前に現れたのは、オウコであった。しかし、その姿は先ほどまでのそれとは全く違っていた。

 その両腕はもはや人のそれではなく、眼球は一つの白目に三つの黒目の入った不気味な様相であり、言葉もどこか録音しておいたものを再生しているかのようないびつさがあった。妖以上に奇怪さを持ち、人以下の面を向いていた。

 この時、ギュウは自分が殺されるもは想定内であった。しかし、ここで彼女を失う訳にはいかない。どうにか、逃がさねば。しかし、オウコの反応は違っていた。


「…いまここで終わらせようよも、我の気は収まらぬ。」


 それだけ言うと、後ろを向いて、その姿を粉塵に変え、その場から消えていく。


「……始まりの場所で、再び。」


「おい!まて!始まりの場所とはなんだ!」


 そう言い残し、彼は残された。


「オウコは、そういっていたのか…。」


 ギュウは伝え終えると、切れた左腕をハルの前にだし、「治せるか?」と聞いてくる。


「すまない。多少の傷ならなんとかなるが、ここまでのモノでは…。」


 ハルも治してやりたいのは山々であったが、これ程のものは人の力ではどうにもならんかった。


「せめて、妖ならば……」


 それを聞いて、ギュウは思い出したかのように、それだ!と大きく反応する。


「そうだ!魔界に行こう!」


「まっ、魔界!?」


 魔界。そこは、かつて魔王が収め、数多の妖がすまう世界。魔王が打ち取られてからは、あまり噂を聞かない人類とは隔絶された場所であった。


「魔界の魔王城にならこれを治すすべがある!」


「しかし、あそこまではここより遥か彼方だぞ。今からでは間に合わない……」


 ハルはかつて勇者と共にそこに言った事があるからこそ、分かる。そこにつくまでにどのような過酷な道があるのかということを。今からいけば次に勇者が行動し始める時には間に合わない。

 そんな、ハルの心配をよそ眼にギュウはその場の適当な壁に何か札のようなものを貼り付け、パン!と軽く手を叩く。すると、札に書かれた模様が壁全体へと広がっていき、そのまま門のような形状へと変化する。


「よし!いけるぞ!」


「い、一応聞くがそれは……?」


「あ?魔界へ一瞬で移動できる札だよ。まぁ稀少なもんだけど、使わなきゃ宝の持ち腐れだしな。」


 ハルはこの時、彼に聞きたいことも謝罪しなくてはいけない事で頭がいっぱいになっていた。そんな所でかつての大冒険を全てスキップする代物が出てきたことによって、今までのことが、全て吹き飛んでしまった。


「えぇいままよ!」


 今は、考えている時間が惜しい。二人はそのもんを潜り、魔界へと走り出したのだ。



 現時点は魔界。そして、二人。

 あれより、二人は魔界の地を歩いていた。紫の空に藍色の大地に赤黒い色の草花。どこもかしこも、自分では見たこともないようなものばかりであった。


「いつ来ても、ここにはなれないな。」


 ハルはついそうぼやいてしまう。それにギュウはあまり起こる様子も見せず、「だろうな」と返してきた。


「?ここは貴殿の故郷であろう。」


 この時ばかりは、純粋な疑問からその事を聞いてしまった。


「まぁ、気分のいいもんじゃないぜ。こっちはさ」


「やっぱこの景色はやっぱ趣味じゃないんだよ。やっぱりあっちの青い空はあきらめるには、余りにも魅力的すぎる」


 ハルはその時、言葉をなにも言えなかった。

 そうして、二人が歩を進めていると、小さな集落のようなものを発見する。

 家が五つほどのある、本当に小さいものであったが、そこには妖はいなかった。


「もぬけの殻か…」


 家の中には家具や食料などといったものがそのまま放置されるような形で残されており、まるで昨夜にでも消えてしまったかのようであった。


「これはいったい?」


「消えたんだよ。ここにいた者たちはな」


 不思議そうな顔を浮かべるハルに対して、ギュウはどこか空虚を見つめるような、虚ろな暗い瞳で答えた。


「それは、どういう…。」


「言葉通りだよ。魔王が負けてから、みんな。次々と消えていった。行き先も理由も知らない。みんなもうここにも、あっちにも戻っては来ないそうだ。」


 そういうギュウの横顔はどこか、悲しげであり、思わずかける言葉を見失ったハルは、とっさに、「少し、休まないか?」と言ってしまう。


「あぁ、了解だ。」


 二人はもぬけの殻の家に少しばかりお邪魔することとなった。

 その家には少しの茶葉と保存の効く食料がそれなりにあった為、それを軽く食べていた。ぼそりと、言葉を漏らす。


「あいつ…勇者に何をしこんだ?まぁ妖関係なんかだろうが」


 ハルにそう聞いてくるギュウの顔は、疑惑ではなく、確信していた。


「そうか、気づいていたか」


 もう、ここまで来てはなにもあるまい。ハルは隠すことなく、全てを話した。


「勇者、オウコには私の先祖が作った禁術を施した。」


 禁術。人妖化の術。人の肉体に妖の臓器を移植し、肉体を後天的に書き換える術である。その効果として常人離れした身体能力や、首と胴体が離れた程度では死なない驚異的な生命力。人では扱えない、妖のみが使える術を使えるようになったりと、確実な武力の向上が見受けられる。


 デメリットとしては、その特性ゆえに時間と力の行使により、その精神や思考が人ではなく、妖。それも獣のような思考に変わってしまう。

 その事を聞いたギュウは少しばかり驚いた。


「その程度のデメリットならば。使っても良いのではないか?今回の戦いの一番の敗因はあいつという存在そのものだ。勇者がいなけりゃ、多分こっちが勝ってたぜ」


 そう。あの勇者一人で、戦乱を全て終わらせたのだ。普通の戦争ならばまず有り得ないこと、国や軍のトップでもない一人の戦士によって、優勢だった妖の軍は負けたのだ。この術をわざわざ出し渋る程のものとはギュウは思えなかった。最初からとは言わないが、それでもあれほど前線を押上られてから出すには余りにも遅い。


「この術の一番質の悪いところは[この術自体は簡単に解ける点]にあります」


「?そいつはどういうことだ」


 人は、いや、自我をもつ生物はみな、どう頑張って脆い部分がある。それはどんな聖人君主でもあってしまうものだ。

 術の一つを自身に付与するだけで、その人生すべてを一つの事に費やしてきた者に、どこの馬の骨とも知れぬ自分がコテンパンに叩きのめし、自身の才覚を誇らしげに背に背負いながら勝ち誇るのだ。今までの全てを否定される努力者の姿。それはどんな美酒より旨いものだろうか、酷く濁ったミテクレだろうとも、その味は、人類起源を刺激するお袋の味を粉微塵にしながら、脳髄を駆け上がり、その奇怪な味を主張することだろう。


 国のため、家族のため、同胞ため、その命を燃やした、全ての英霊に砂をかけるようなその行為をしてみたいと考えた事、人間一度はあるだろう。脳内の下水道のような悪臭と不衛生の敷き詰まった地獄の堆積場でそれは思いつけれてしまうのだ。

 しかし、こんな使用者から見れば、素晴らしい力は、これを自身に付与した人間の裁量で解けてしまうのだ。圧倒的な力も知能も全て水の泡。そんなものは、ごめんだ。


「異常なまでの中毒性。それがこの術の一番恐ろしい点です。」


「大方。結果を急いだのだろう。貴様のような研究者の考えなぞ大方予想がつく。勇者も気の許せる友人、いや、恋仲なんてところかい?」


 それにハルは言葉を返さない。何よりも間違いを犯したのは自分だということに気づいているのだろう。


「みな、考えることは同じか…。」


 魔王は寂しげにそうボヤくとそのまま家を出て行ってしまう。

 二人はそのまま無言で、家を出て、再び魔王城へと歩き出す。その道のりは確かに険しく長きものであったが、二人はその間言葉を一度たりとも交わさなかった。

 そうして、日が登り沈むまた登る程の時間が流れたのち、等々目的地の魔王城につくことができた。

 やはり、魔王城もその下にある城下町にも妖一匹たりともおらず、不気味なほど静かであった。「滅びた」というよりも、諦めて去って行ったようなそんな空気が辺りを覆っていた。


 魔王城の薄暗い道を歩く。かつてこの地にて、勇者と魔王が戦った後はここにしか残ってはいない。そうして、ギュウの指示で歩いていくと、そこは小部屋であった。そして、そこには、小奇麗に立てかけられた、鎧がそこにはあった。


「これは…あの時の?!」


「そうだ。お前と勇者と戦った際に着ていたものだ。代々魔王の座につく者が引き継ぐものでな、敗れたあとも修復し、こうして残しておいたんだ。」


 そういう鎧には幾つもの傷が見受けられ、しかもそれはギュウがつけたものはそこまで多くはないのだろう。ほとんどの傷は受け継がれてきた歴史によって、できていったものであった。


「取り敢えず装備する。しばし待ってくれ。」


 そう言うと、ギュウは器用に鎧一式を一人で装備し始める。装着されていくたびに、その姿の印象は大きく変わっていく。少しずつ、少しずつその体格は筋肉質になっていき、背丈なんかもより、太く、長く変わっていく。それに失ったはずの左腕もまるで蛇が巣穴から出てくるようにギュルギュルと指先まで生えてきてしまう。もう兜から足にかけて隙間なく鎧に身を包み、その顔にひどくシンプルな造形のマスクを付ければ、それは先程までのギュウではなかった。


 魔王、いや。あれは昔の姿だ。『牛魔王』あの時に呼ばれていた名前が一番あう。決してギュウではなかった。

 真の魔王の姿、牛魔王。それこそかれの本当姿であった。威圧感。圧倒的なまでのその力がその姿からは、漏れ出していた。


 この時、ハルは自分にこの人は協力してくれるのか?そう、疑問が浮かんだ。


「貴殿は、ギュウ。なのか?」


 ハルはこの時、始めてかれの名前を呼んだ。

 彼は少しばかり、関節をくるりと動かす。鉄と布が擦れる音がその狭い空間で二人の耳だけに響く。


「存外いい調子だ。体のそこから力が湧いてくる。期待以上だ。これなら…お前ぉ!」


 次の瞬間がばっと大きく両手を上に掲げた姿で、魔王がハルに襲い掛かってくる!


「きゃぁぁ!」


 彼女はその瞬間とっさにいままで一度も上げたことないような、女々しい叫び声を上げてしまう。

 しかし、いつになっても自身の体に、奴の狂気が襲い掛かってくることはなかった。


「……ん?」


 そうして彼女が瞳を開けると、そこには思わず吹き出しそうな声を必死に押さえつけているギュウの姿があった。


「はっはっは!!ハルちゃんもそんな声を上げるのだな!」


 彼女は思わず顔を真っ赤にして怒る。


「いっ、いまのは卑怯です!あんなこと!」


 彼女は酷く感情的になって、怒っていた。ギュウはその顔を見れたのが妙に嬉しかった。


「いやはや、ハルちゃんもそんな顔をするんだな、ずっとしかめっ面だから、おいちゃんちょっと心配だったのよね」


「……それは、色々と…」


 彼女は少し、恥ずかしそうな顔を浮かべて、フードを深く被り、見せないよう顔を隠す。

 しかし、ここまでやはり息の詰まることばかりであった。そのために彼女のそう言った、一種の弱さをずっと隠された見ることがかなわなかった。


「本当、いいもの見れたよ」


 そう言うとギュウの顔はとても穏やかであった。作り気のない本当の姿が。ようやっとここにきて、二人は少しばかり、本音を診せられた。

 そして、彼女は悪いと思いながらも、別の話をもってくる。


「……魔王。少し話がある。大事なものだ」


「なんだ。」


 ハルはこれまた改まって、魔王の前に立つ。


「禁術の解除方法についてだ────────」


 彼女はその解除方法。それは



 ギュウは静かにそれを聞き、一言だけハルに聞いた。


「おい、そんなバカな方法しかないって言うのかい。」


「……」


 彼女は答えてはくれない。ギュウの顔は酷く不快をあらわにしていた。


「なんだ?罪滅ぼしか?それとも同情からか?悪いが俺はそんなもん何ぞクソくらえだ。そんなことすれば、誰よりも俺が許さん。いいな」


 ギュウは一言それだけ言った。

 彼らは向かう。始まりの場所へ。全ての出発点へと。

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