第二章 Broken Pieces 2



「カイは……本当に死んだのか?」

報告書ミッションレポートにはそう書かれている。レスキューチームが到着したとき、カイ・ウェーバーの瞳孔は散大していた。医療班がその場で死亡を確認した。蘇生は不可能だったという」

 JJの脳裏にはカイの笑顔が浮かぶ。当然のように戦場に出て一緒に組むと思っていた。いろんな間違いが起きなければ、まさに今も行動をともにしているはずだった。

「すまない」

 思わずつぶやきが漏れる。首をうずめたJJの言葉は厚手の冬用野戦ジャケットの襟元に吸われて、運転席のオーエンまでは届かない。

「俺は弱かった」

 だが自分は生き延びてしまっている。あの一年前の出来事以来、ESはそう簡単には死なない、死ねないのだと高をくくっていた。JJが弱かったあの夜、死を企図したとき、頭によぎったのはカイの笑顔だった。

 そしてなぜか、共に北極星を見上げていた瑛司の横顔も。

 ――ラクに逝けそうだなんてあのとき一瞬でも考えたことを今はカイに謝りたかった。

 残りの人生、死に物狂いで生きなければ、道標を立てて懸命に生きようとしていた彼らに合わせる顔がないではないか。


 敵と戦うことは簡単だ。なにも思い悩む必要はない。命令に従い、引き金を引くだけでいい。だが、あの砂嵐の中で一人取り残されたとき、自分は何のために生きているのか、その答えをJJは見つけられなかった。いや、ほんの一瞬、見失ってしまったと言った方が正しいか。

 ただ、これだけは言える。


 もしも隣にカイがいたらあんな行動は起こさなかったんだ。


 でも今は――そんな過ぎたことはどうでもよく、お前の分まで生きなければならないという使命感が芽生えはじめていた。

 いつか本物の海を見たいと語っていた、カイの分まで。


「背負わせやがって」

 視界がぼやける。ゴーグルの下から指を突っ込んで目を擦った。

「JJ、泣いてるのか?」

 オーエンの言葉を無視して、JJは防塵フードを頭から被り顔を隠した。


 涙が出るじゃないか、JJ。それはまだお前に感情が残っている証だ。まだ心が死んだわけじゃない……自分自身がどこか遠くから、そう語りかけてくるのを聞きながら。



◇◇◇



 エリアCを出発しておよそ5時間後、砂煙の向こうに、中央都市の巨大な防壁が見え始めた。

 コンクリートと鋼鉄で作られた防壁は、暴威を振るう自然と外敵の侵入から、約1000万もの人々を守っている。JJは実戦配備後にはほとんどエリアCの前線補給基地アウトポストを拠点にしていたため、ここ中央都市に帰還する機会は年に1,2度あるかないかだ。

 久しぶりに見る中央都市の光景に、複雑な感情がよぎる。常に戦時だが、平時でもある、という奇妙な日常がそこには平然と存在していた。自分たち軍人と一般市民との温度差を感じる場所とも言える。


 オーエンは防壁の検問所に車両を停め、IDカードをスキャナにかざした。

「陸軍中佐オーエン・ウィリアムだ。識別番号830213C。同乗は040611H、ベノアES」

 検問所の監視システムが二人を生体スキャンし、JJの首元に埋め込まれたICチップが反応した。

『2名確認しました。入市許可』

 ゲートを抜け中央都市内部に入ると、整然と並ぶ高層建築群が視界に入った。セントラルの街並みの美しさはJJの記憶よりも増していた。いや、街並み自体は通信端末でいつでも見ることができるが、そこに暮らす人々の営みが、さまざまな街の匂いとなって嗅覚を刺激するのがなんだか懐かしかった。

「それにしても監視カメラが増えたな」

 JJは冷静になり街のあちこちに目を走らせた。市に入りゴーグルを外したが、JJの裸眼視力は500ヤード先の監視カメラも捉えられる。

「ああ。第一都市との緊張が高まってからな。適合監視機関CMAの権限が強化された」


 オーエンは中央広場を迂回し、政府区画へと車を進めた。通りには軍の宣伝ポスターが貼られ、大型スクリーンでは陸軍総司令官のスピーチが流れていた。

『我々の国の安全は、個々人の警戒と忠誠にかかっている。第一都市の工作員は我々の間に紛れ、社会の基盤を揺るがそうとしている。隣人の規範逸脱行為は、この平和都市の崩壊につながるかもしれない。適合監視機関CMAへの速やかな報告は、単なる義務ではなく我々の共同体を守る神聖なる責務である。団結こそが我々の力であり……』

 首筋のICチップがJJの脳に何らかの介在をしているのを感じる。クソみたいな感想が頭の奥に浮かびかけてすぐに消えた。JJは肩の凝りをほぐすように首を回した。

「あれ聞いても自分の言葉で何も感想が言えない俺はたぶん、あれからだいぶ従順なESになったと思う」

 冗談とも本気ともつかないJJの自己評価に、オーエンからは苦笑い以上の反応はなかった。




 応用生物機能開発研究所(BFRI)、そこが、いわゆる強化兵を生み出すための研究施設である。その隣には「特殊適性教育センター」と名のついた、ESの軍事訓練施設が併設されていた。


 特殊適性教育センターのシャワー室を借りて体中の砂を洗い流した。60ほどのシャワー栓が衝立もなく並んでおり浴槽はない。JJがエリアCで所属していた前線補給基地アウトポストでは水が貴重なため節水型の循環式ミストシャワーで素早く洗うしかなかったが、ここでは水の制限がなかった。(もちろん訓練時代はシャワー時間がたった5分と制限されていたが。)

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