第2話「目覚めた魂」

――光。


そこには、音も匂いも温度もなかった。ただ、意識だけが浮かんでいるような感覚。


神城レンは、目を開けようとした。いや、「開ける」という概念すら曖昧だった。


(……ここは? 俺は……死んだのか?)


ぼんやりとした思考の中で、自分の“体”が存在しないことに気づく。


手足の感覚がない。視界もない。ただ、自我だけが虚空に漂っていた。


ふと、ざわりと何かが触れた。


それは言葉でも映像でもない、“波”だった。


知識。記憶。魔力。……魔導の痕跡。


(なんだ、この感覚……誰かの、記憶?)


次の瞬間、視界が一気に開けた。


無数の本が並ぶ巨大な書庫。天井が見えないほど高く、壁一面が書架になっていた。


古ぼけた木の棚、魔力で浮遊する梯子、空中をゆるやかに漂う魔導書の群れ――


ここは明らかに、先ほどまでいた大学図書館とは違う。


(これは……異世界? いや、それ以前に……)


自分が“置かれている”ことに気づく。


視線を下に――いや、意識を下に向けると、自分が本棚の一角に並べられた一冊の書物であることを理解した。


表紙は黒と金を基調にした重厚な装丁。


中央には、かつて見たあの古代文字が輝いている。


(俺は……本になったのか? 嘘だろ……)


混乱と恐怖。しかし、時間とともにその感情も薄れていく。


代わりに、思考は冴え渡り、膨大な知識の断片が意識に流れ込んできた。


(なるほど……これは、“契約の器”。俺は今、“魔導書”として存在している)


本でありながら思考し、観察し、干渉する能力を持つ存在――それが「自我を持つ魔導書」。


だが、周囲の他の本からは微かな魔力の残滓しか感じ取れない。


彼らは“道具”に過ぎない。ただの記録媒体。


自分だけが特別だ――そう、直感した。


(……これはチャンスなのか、それとも……呪いなのか)


ページの内側に宿る魔力が淡く脈動する。


その鼓動に、レンの意志が静かに宿っていく。


「……私は、まだ終わっていない」


その呟きは、音にはならなかったが――確かに、世界に刻まれた。

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