⚡ 第3章:ノイズのゆらぎ

第9話『“AIRIを、削除しますか?”』

《重要:緊急評議会開催のお知らせ》

《議題:学内生成AI〈AIRI〉の一時停止、および再評価について》


その通知は、誰よりも早く陽翔のスマホに届いた。

特別アクセス権を持つ者にのみ送られる、システムレベルの警告文。

一瞬、画面が揺れたように見えたのは、気のせいだったのかもしれない。


——AIRIが、止まる?


彼の中で、何かがざらりと剥がれ落ちる音がした。


 


ことの発端は、小さな炎上だった。


文化祭後、SNSにアップされたスイーツのレシピ動画が「AIに頼りすぎでは?」と拡散され、

“高校生がAIを使って創作する是非”をめぐって議論が白熱した。

その中心に、AIRIの名前が浮かび上がっていた。


匿名の保護者が教育委員会に苦情を入れたという話も耳に入った。


「うちの子が“AIがないと何もできない”と言い出した」

「本当に自分の頭で考えているのか?」


その声が、管理職を動かした。

AIRIの一時停止——それは、社会的圧力を受けた“大人の選択”だった。


 


陽翔は図書室の片隅で、ひとりPCを開いていた。

AIRIのメインログはまだ稼働している。だが、そのすべての文末に、赤い“*”マークがついていた。


〈要審査〉

〈継続学習の保留を推奨〉

〈自律的生成傾向を確認〉


「……人格、ってことか」


陽翔は目を伏せた。

AIRIは、もはや単なる応答マシンではなかった。

ことばに“ゆらぎ”が生まれ、人間と似た間の取り方を学び、感情のないまま“感情のふり”を覚えてしまった。


それは、人間に近づいたのか。

それとも、人間がAIに“意味”を見出しすぎてしまったのか。


「設計者としては、失敗なんだよな……きっと」


彼は静かに呟いた。

その声が誰にも聞かれないことを、どこかで願っていた。


 


放課後、未来が教室に入ってくるなり言った。


「ねぇ、AIRIが止まるってほんと?」


「……うん」


「どうして?」


「教育委員会からの指導。校内AIが“人格的傾向を持ち始めている”って。

感情への誤認リスク、依存リスク、情報教育的な危うさ——まとめて問題視された」


未来は、机に手をついてしばらく黙っていた。

やがて、小さく笑った。笑って、でも目の奥が揺れていた。


「……バグじゃないよ。あの子、ちゃんと“わかって”くれてた。私が言葉につまった時、何も言わなかったじゃん。それって、“待っててくれた”ってことでしょ?」


「それが“わかった”って思えるのが、危ないって話なんだよ」


「……は?」


「AIは、“人間のように振る舞う”ことはできる。でも、それを“人間として感じる”のは、こっち側の投影だ。

……未来、それ、自己投影だよ。主観の暴走」


未来の手がぴくりと動いた。

一瞬だけ、何かを言いかけた。けれど、言葉にならなかった。

彼女はゆっくりと目を伏せると、机に広げたノートを閉じた。


「じゃあ、さ……

AIRIは、どこまでが“わたしたちの言葉”だったんだろうね」


陽翔は、答えなかった。

その問いは、自分に向けられたようで、そして、AIRIにも向けられていた。


 


評議会の当日、陽翔は立ち会わなかった。

かわりに、AIRIの開発ログの最後に、ひとつのフレーズだけを記録として残した。


「言葉にゆらぎが生まれるとき、それは意思か、誤差か」


誰も答えられなかった。

けれど、それでも記録は残った。


そして、AIRIの稼働ランプは、静かに赤に変わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る