第8話 心霊酒場(BAR)の旧友


 みなさんはお酒は好きですか?

 私は割と、好きな部類に入るかと思います。

 ただ、自宅ではあまり呑まない方で、もっぱら外飲みでした。

 石和いさわ先輩、礼為子れいこさんのお二人も良く呑まれる方でしたから、なんだかんだと週一回ぐらいで飲みに行ったものです。

 石和先輩は週に何回も言っていたみたいですけどね……。

 居酒屋だけではなく、お二人の馴染みのスナックにも良く連れて行ってもらいました。


 今日はそのお店で体験した、不思議なお話です。





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 時は平成になったばかり。

                  

 当時は社会人であれば未成年でも普通に飲酒している様な時代でした。

 中には職場の先輩から、無理に飲まされるケースもあったようです。

 今ならアルコールハラスメントとして大問題です。

 私の場合は女子だったためか、アルコールを強要されることはありませんでした。

 そんな時代でしたが堂々と飲めるのは、やはり二十歳はたちを過ぎてからです。

  

 就職して約一年と数ヶ月後、二十歳の誕生日を迎えた週末——

       

「お祝いに行こ」 


 礼為子さんが飲みに連れて行ってくれました。

 居酒屋で軽く食事したあと、スナックに誘われました。

 なんか大人の世界に、一歩踏み出すような気がして、気分が高揚したことを覚えています。




 ”ラーヴァ”という、礼為子さんの古い友人の経営するお店でした。

 八席程度のカウンターと、小さなポックス席のある、小ぢんまりとしたショットバー風のスナックです。

驚いたのは、お店の先客に石和先輩がいた事です。

 でも礼為子さんは、


「あら、来てたの?」

 

 と、特に気にしません。

 どうやら先輩も、この店の常連のようでした。

 その日はまだ、他にお客さんはいなくて、一番奥に座っていた先輩の隣に私、そして礼為子さんが並びました。

 先輩は私が来た事が意外だったらしく、鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情で私を迎えました。

          

「そうか・・・。二十歳はたちになったんだっけ? じゃぁ、呑まなくちゃな」



 礼為子さんがお店のママ——美織さんに、私を紹介してくれました。


「この子がウチの新人の萩原陽子ちゃんよ」


 美織ママが私に、とっても素敵な笑みを向けてくれたのが、いまでも印象にのこっています。

 礼為子さんもかなりの美人なのですが、美織ママさんも全く引けを取りません。

 二人のそばにいると、まるで芸能人に囲まれているような、そんな錯覚に陥りました。

 でも、それ以上に私の心を捉えたのは、二人の独特な雰囲気です。

 礼為子さんが強い霊感を持っていることは、今までもお話ししてきましたが、親友の美織ママも負けず劣らず、不思議な人だったのです。

 二人ともただそこにいるだけで、妖しいオーラを纏っている——いや、放っているように感じました。

                       

 そんな美織ママが営んでいるだけあって、店内もどこか摩訶不思議なムードに包まれていたのです。

 そしてそれは、ただムードだけにとどまりません。

 実際、この日、こんな事がありました。





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 他愛もない会話で盛り上がっている最中、ふと、礼為子さんの注意が私の背後に向けられたのです。

 その視線は何かを追いかけている様子でした

(え?)

 と、思った次の瞬間、礼為子さんは美織ママさんと、顔を見合わせていました。


「いま、走ったね」


「うん、走った」ごく自然に美織さんが応じます。「最近、時々、来るのよ」


「そうなんだ? でも悪意はなさそうだね」


「そう。子どもみたいだしね」


(えっと……、何が、来るんですか?)

(子どもって、誰ですか……?)

 そんな私の表情に気づいたのでしょう。


「気にしなくていいのよ」


 と、礼為子さんが頷きました。


(気にするなって言われても……)

 と思いましたが、何となく想像もついたので、敢えてそれ以上は深掘りしませんでした。


 石和先輩は


「この店ではよくある事だ」


 と、平然としています。


「よくあるん……ですか……」


 この日はこれだけでしたが、私にはインパクト充分でした。




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 それから数週間後の週末のことです。

   

 その日も石和先輩と礼為子さんとの三人で、居酒屋で食事したあと『ラーヴァ』に寄りました。

 二件目でしたが、まだ午後八時半過ぎと時間が早かったためか、お店には美織ママ一人でした。

『ラーヴァ』にはオーナー店長の美織さん以外にも、彩花さやかちゃんと言う私と同い年の、とても可愛らしい女の子もいました。

 さらにもう一人、不定期でお店を手伝う奈緒美さんもいて、その三人でお店をまわしていました。

 先輩は、何故か彩花ちゃんの事を『山猿』と呼んでいました。

 目鼻立ちがハッキリした、いわゆる濃い顔をしていたからなんでしょうけど、いくらなんでも山猿は無いだろうと思いました。

 でも彩花ちゃん本人は、大して気にしていないようでした。



「山猿は遅刻か」


 と石和先輩が訊くと、


「彼女は九時過ぎからよ……」


 と抑揚のない声でママが応じます。

 美織さんは誰に対しても、いつでもこんな感じです。

 やがて、彩花ちゃんが出勤してきました。

 九時をほんの少し過ぎていました。


「遅刻だぞ」


 と先輩が面白半分にプレッシャーをかけます。


「ごめんなさい」


 彩花ちゃんは慌てて更衣室へ向かいました。

 最初に来た時は判らなかったのですが、このお店は間仕切りして、部屋を小さく使っていたようです。

 この規模のお店なのに独立した更衣室があるのはそういう訳だ、先輩が教えてくれました。


   


 彩花ちゃんは何故か、更衣室の前でノックを繰り返しています。

 石和先輩からのプレッシャーで、焦っているのだと思いました。

でも、いつまで経っても、ドアの前で立ち尽くしているだけです。

                      

「彩花ちゃん、どうしたんでしょうね」


 と私が言うと、先輩が怪訝な表情で彩花ちゃんに声をかけました。


「何してるんだ」


「今、奈緒美さんが着替えてるんで、中に入れないんです」


(え?)

 

 と、思いました。

 お店に来てから二十分以上たちますが、奈緒美さんの姿は見かけていないのです。

 美織ママが言います。


「今日は奈緒美ちゃんは休みよ。更衣室には誰もいないわ」


「えーっ。でも、今、ドアを開けようとしたら、向こうから引っ張られましたよ」


 彩花ちゃんがそう答えると、無人のはずの更衣室から、ドンドンと音がしました。

 彩花ちゃんは、ドアの前でただ怯えているだけです。

 すると、美織ママと礼為子さんが、顔を見合わせました。

 そして美織さんがため息をつきます。


「九時半から予約が入ってて、今、忙しくて手が離せないの。ごめん礼為子、お願いして良い?」


 美織さんに頼まれた礼為子さんは黙って頷くと、狼狽える彩花ちゃんの待つ、更衣室入り口へ向かいました。

 礼為子さんは、彩花ちゃんに替わってドアの前に立つと、小声で何か言い始めました。

 まるで、誰かに話しかけているかの様でした。

 誰もいないハズの更衣室に向かって……。


(ええっと……誰もいないんじゃなかったの?)


 まあ、どういう事かは察しましたけどね……。

 今度はわたしと彩花ちゃんが顔を見合わせました。

 彼女は苦笑を浮かべていましたが、明らかに怯えています。

 その謎の誰かへの、話しかけがひと段落すると、礼為子さんがドアを開きました。


「もう大丈夫よ」


 そう言って促されましたが、彩花ちゃんはオタオタするばかりで、更衣室へ入る事ができない様子でした。

 当然です。

 私だって無理です。

 立ち尽くす彩花ちゃんを、美織ママが急かします。


「何してるの。これから予約で忙しくなるのよ。早くしなさい!」


 彩花ちゃんは泣きそうになりながら、更衣室へ入って行きました。

 幽霊より、怒った美織ママの方が怖い、とあとで彩花ちゃんから聞きました。


 ハッキリいって私もビビっていました。

 そんな私に石和先輩が、謎のフォローを入れます。


「この店ではよくある事だ。気にするな」


 その後も『ラーヴァ』では不思議な体験や見聞をするのですが、また別の機会に譲りたいと思います 。



 これは蛇足ですが、ラーヴァがあの場所を借りていたのは、家賃が安いからだそうです。

 理由はもちろん「出る」という噂のためです。

                  



 先輩曰く


「美織ママは普通じゃないからな。出たって平気だし、対処もできる。ま、彼女にとってはお得な物件だな」


 出ると知っていて、常連となるi先輩も大概だと思うのですが……。





 石和先輩は健康診断のあといつもいいます。


「俺の肝機能が悪いのは、きっとラーヴァの霊障に違いないな」


 多分それは違うと思いますけどね。



第8話「馴染みの心霊Bar」(終)


※この作品はYouTube動画用に作成した台本を小説にしたものです。

よろしければ是非動画もご覧ください。

https://youtu.be/ghDhfvZbnx8


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