4-2

 春はそう思い、強引に夏希の手を取った。

「わたしはどんなことを言われたって、驚いたりしないわ」

 正直なところ、驚かない保証はなかった。

 これで夏希から「人を殺した」みたいなことを言われたら、きっと春は驚いてしまうだろう。

 しかし今、夏希を一番説得できるのはこの言葉であると判断した。夏希は自分の悩みを人に知られたくないかのような態度をしていたから。きっと言いにくい事柄であるのだろう、ということは察せられた。

「…………学校で、いじめられた」

「誰に? いつから? どのような?」

 しまった。と春は瞬間的に後悔する。

 いじめられている、ということは春の想定内だったが、実際に言葉にして聞くと許せなさが生まれて思わず食い気味に聞いてしまった。

「あんまり、学校の人と合わなくて。それで半年くらい前から……いろいろと」

 半年前――恐らくクラスメイトだろう。

「クラスの人ほとんど……しかも、周りのクラスにも広がってるから、多分、二年生になっても変わらないと思う……」

 その声は春が知っている夏希ではないほど、弱弱しく、小さな声であった。

 春は心配がだんだんと怒りに変わってくる。

 ――駄目よ。春。怒りに身を任せちゃ。と、なんとか冷静を保とうと自分に言い聞かせる。

「……――」

 その時、夏希は春に聞こえるギリギリの大きさの声でぽつりと呟いた。

 その言葉は昔の夏希では絶対に言わないであろう言葉だった。

 ――いじめのせいで、夏希はこんなにも変わってしまった……。

 春も同じことを思ったことがある。つい最近も思ったばかりだ。それでも春は夏希の口からその言葉が出たことに対して酷くショックを受けた。

「ねえ夏希。また話をゆっくり聞かせてくれない? 夏希の愚痴でいいの。スイミングが次休みの時にでも、またここに来ようよ」

「いつでもいい。やめたから」

 スイミングを? と春が尋ねると、夏希はうんと頷いた。

 春の記憶の中にいる夏希は、水が大好きだった。スイミングスクールにほとんど毎日通っていたし、夏休みには春たち三人をプールに誘うような子だった。

「そうだ、わたし……やっと携帯持たせてもらえたの。良かったら連絡先、交換しない?」

 教科書が大量に入った補助鞄から春は携帯電話を取り出して笑った。

 あの時、三人がとても羨ましいと思ったことを春は思い出した。

 すると夏希も携帯電話を取り出し、連絡先交換用のQRコードを差し出してくれた。

「春とも連絡取れるようになるの嬉しい!」

 そう言って夏希はまた笑った。その顔を見て、春は小学校の演劇での夏希の下手な演技を思い出した。

 ――ああ、この子、本当は演技が得意だったんだな。……人間関係を築くのって、思っているよりずっと難しいのね。と春は心の中で呟く。

 その日はそのまま夏希と別れ、家に帰った。



 家に帰り、本来なら勉強を始める時間帯だったが、その日の春は別のことについて調べていた。

 他校の春に夏希へのいじめを止めることは出来ない。――きっと同じ学校でも、クラス単位のいじめを止めることは不可能だろう。

 ならばせめて、夏希と――わたしと、同じような思いをしている人の居場所があれば。

 そう思い、春はインターネットで何か心の拠り所になりそうな集団を探した。

 そして数日後、この近くで過去に自殺願望者が集まる団体があることを知った。名前は――『化け物部』。

 団体自体は既にもう解散してしまっているが、この名前を名乗れば同じような人が集まってくるかもしれない。

 さっそく春は化け物部のことを夏希に提案してみた。

『お! それいいねー』

 夏希の反応は案外良かった。これも本心なのかは定かではないが。

 場所は安く公民館を部屋を借りることができた。安いと言っても高校生には痛い出費だ。この時だけ、家が裕福であったことに感謝した。

 公民館の場所取りをしていると、携帯電話の着信音が鳴った。

『それをするのはいいんだけどさ、出来ればあたしも最初から一緒にいたことは隠してくれないかな? あたしはなんとなく着いてきた、みたいな感じにしてほしい。あと、できれば死にたい理由はみんな隠していかない? あんまバレたくないんだよー』

 夏希からのお願いだった。

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