化け物のレコード

立心琴葉

序章 RECORDS OF MONSTERS

0-1

 みんなが生きていた証拠を残したいと思った。

 そして世界が終わるのを、ちょっとだけ見たいと思ってしまったんだ。



 息が苦しい。

 運動をあまりしてこなかった私はこの山の急傾斜な道を、荷物を担いで歩くだけも精一杯だった。髪が短いおかげで汗はあまりかかずに済んだ。

 足を進める度にひし形のピアスが揺れる。

 もうすぐ時間が来る。

 この世界が終わる時間だ。

 人気のない山でも遠くから人の騒ぐ声が聞こえる。

 声は一刻ごとに大きくなってくる。

 空は赤とオレンジ色に染まっている。

 まるでこの世は地獄であると言っているかのようだ。

 人々の声も、まるで呻き声のようだ。

 この世は極めて残酷なことを私は知ってしまった。

 しかし同時に私は知ってしまった。

 私は、こんな世界で生きる目的があることを。

『昨日生きれなかった人の分も生きろ』

 私はこの台詞が大嫌いだった。

 いや、今も嫌いなことに変わりはない。

 死にたい人に言うこの言葉は、毒薬に等しい。

 ――誰かの為に生きるのではなく、私は自分の為に生き、そして死にたいと思う。

 私はそんなことを考えながら大きな木の下で足を止めた。

 ここだ。

 私が今、来るべき場所。

 たどり着いた瞬間、私は持参したスコップを使って土を掘り起こした。小学校を卒業して以来、長く嗅いでなかった泥臭い匂いがする。

『四本の太い根の張った木の下』

 その場所を掘り起こすと、古びたクッキーの缶が出てきた。

 クッキーの缶には土がこびりついていて、開けるだけでもかなりの力を要した。

「……これだ」

 誰もいないのに思わず声が出る。

 

 あの日――私たち四人が小学生の時、みんなでここにレコーダーを埋めた。確か……夏希(なつき)がお兄さんにもらったとか。

 私はその中にある声を鳴らす。

 幸い、レコーダーはまだ息をしていた。



『十一月十二日、天気は晴れです!』

『夏希、違うわよ。今日は十四日』

『あ、十四日です! えっと、大人のあたしへ、元気にしていますか? ……まだ水泳は続けていますか?』

『ども。秋穂(あきほ)です……では』

『何か他に言うことないの? 私は冬香(ふゆか)です。絵を描くことが好きだから、もしかしたら漫画家とかになってるかも』

『漫画家って体力いるらしいよ。身体の弱っちい冬香じゃ厳しいんじゃない?』

『秋穂、そんな夢のないこと言わないの……大人のわたし、元気にしていますか? 親に迷惑かけずに過ごせていますか?』

『春(はる)ってほんと真面目!』

『ずっと4人で仲良いられたら、私は十分だな』



 そこでレコードは切れた。

 まだ純粋無垢だった頃の私たちの声だ。

 私はレコーダーを再びクッキーの缶の中へ入れ、追加で四通の手紙を入れた。

 もうこの文章とレコードは必要ない。だけれど、捨てるのにはあまりにも勿体ない。

 誰にも見られなくていい。でも――これに傷が一つもつきませんように。

 私はそう願いながら、さっきよりも深く深く穴を掘り、そこへクッキーの缶を入れた。

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