第五話:書かれた夢

見たことのない本、知らない言語。

なのに“読める”感覚が、夢の中でだけ蘇る。





それは、深夜二時をまわった頃だった。

柊 静は“見知らぬ図書館”の中にいた。


巨大なドーム状の天井。黒い木材で作られた書架が、まるで迷路のように並んでいる。

誰もいない。音もない。ただ、空間が彼女を“読んでいる”ような気配だけがあった。


(ここはどこ……?)


静は気づいた──本に書かれている文字が読める。


意味のわからないはずの記号や図像が、彼女の中に“意味”として流れ込んでくる。

それは、思考ではなく本能で理解するような、異様な感覚だった。


ページをめくるたびに、そこには未来の出来事が記されていた。


> 「明朝五時、柊 静は“記録される”」

「午後三時二十八分、閲覧室にて“顔のない利用者”が出現」




その瞬間、書架の奥から何かがこちらに向かって“歩いて”くる気配がした。


「……夢よ、これはただの夢」


そう呟いた途端、空間が崩れ──静はベッドの上で目を覚ました。


だが、その日。出勤して自分のデスクに座った彼女は、夢の中で読んだ本と“同じもの”が、目の前に置かれていることに気づく。


「……どうして、これが」


背表紙には、見覚えのないタイトルが刻まれていた。


『睡読録(すいどくろく)』


その本の栞には、こう書かれていた。


> 「夢の中で読む者がいる限り、私は現実に現れる」




静は本を閉じた。

だがその瞬間、ガラス越しに見える閲覧室の椅子に、誰かが座っているのが見えた。


顔が、ない。



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