図書館記録者 柊 静

ロロ

第一話:目録にない本

「柊 静は、最後の読者となるだろう」

本にそう書かれていたのは、ただの偶然だったのか──




閉館間際の図書館は、まるで時間そのものが止まったかのように静かだった。

ベージュのカーディガンを羽織った女性が、書架の合間をゆっくりと歩く。

柊 静──この図書館で働き始めて三年目の司書だ。


職員たちが帰ったあとの館内点検は、彼女にとって日課のひとつだった。

今日も変わらぬ静寂の中、ふと視線を引く一冊の本があることに気づく。


低い書架の隅に、埃をかぶった古びた本。背表紙の文字は掠れており、かろうじて読めたタイトルは──


『録外ノ記』


「……目録に、ない?」


呟きながら、カウンター奥の端末で検索する。

だが、蔵書データベースには登録されていない。職員閲覧用データにも存在しない。


何かの間違いか。それとも、誰かの悪戯か。

確かめるため、静はそっとその本を開いた。


中は手書きの日記のような文章だった。無名の語り手が、ある図書館での日々を綴っている。

一見、ありふれた記録。しかし読み進めるにつれて、文章の内容が不穏なものへと変わっていく。


「閉館後、女が本を開いた。それが最初だった」


ページをめくる手が止まる。

次の行に書かれていたのは──


「柊 静は、最後の読者となるだろう」


血の気が引くのを感じた。

今、この瞬間の出来事が、なぜかその本に記されている。


静は本を閉じ、引き出しへしまおうとした。

だが、引き出しの中には同じ本が、すでに入っていた。


背表紙も傷もまったく同じ。開いてみると、内容も一言一句変わらない。

ただ一つ違うのは──


「彼女は本を返すことなく、翌朝、この部屋から消えていた」


という一文が、最後のページに記されていることだった。


まるで“先に読んだ別の静”が存在していたかのように。


(……なぜ、私の名前が?)


自分を記録している“何か”の存在に気づいたときには、

静の中で、日常と非日常の境界が、静かに滲み始めていた。



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