第3話 再び並ぶために

サイリュウ南東の瘴気緩衝域──

そこは、風が通るたびに霧のような靄が渦巻き、空気の密度すら揺らいで見える地だった。


「このあたりで問題ない。今日は、術式の“実地試験”だからな」


そう言って、ユウヤは草地の一角に腰を下ろし、荷から小さな木箱を取り出した。

中には精巧な細工が施された二つのチャームが並んでいた。


「こいつか?」


問いかけたのはロク。


「改良版って話だったけど、資料で見た亀の甲羅より、たいぶ小さくなってるね、大丈夫なの?」


「可愛いね」

と横から覗き込んできたフィーネの声には、どこか試すような軽さが混ざっていた。


「もちろん。今回は“脈動に応じて自動調整”が入ってる。持続力も強度も倍になったはずさ」


そう答えながら、ユウヤは二人にチャームを手渡す。

ロクは首元に、フィーネは腰の内ポケットに器用に収める。

術が発動した瞬間、ふたりの表情が微かに変わった。


「……空気の重さが薄れた気がするな」

「確かに軽くなった。……イヤな感じもなくなったね」


ふたりの反応に、ユウヤも小さく頷いた。

瘴気による感覚干渉を和らげる効果が、明確に現れている。


今回の任務は、ユウヤがギルドを通して発注したものだった。

瘴気の中で安定稼働する術式の実証と、その際の魔物出現時の対応。


本来ならもう1人、攻撃役を加える構成が妥当だったが、依頼書を見たロクとフィーネは「これなら自分たちだけで十分だ」と判断した。


何より──

ユウヤが彼らを名指しで選んだ理由は明確だった。


「……あの3人で、また前に進んでほしい。それができる術を届けるのが、俺の役目だ」


静かにそう語った彼の言葉を、ふたりとも、真剣に受け止めていた。


谷に差し掛かったところで、異変は起きた。


瘴気が、音もなく揺らぐ。

一瞬、空気が震え、視界の端が軋んだ。

誰もが言葉を飲み、ただその“息づかい”を感じ取る。


「来る」


ロクが低く告げた瞬間、霧の中から這い出してきたのはサソリ型の魔物だった。


「……試すには、ちょうどいい相手かもね」

「樹影の盾!」


フィーネが即座に詠唱する。

周囲の木漏れ日の影が濃くなり、ロクを包み込み身体を守る。


「これで怖いもんなしだぜ」

ロクはそう言い、魔物を切りつける。


ユウヤは後方で、術式の反応を見つめながら状況を確認する。


(……術は安定してる。けど、周期の変動が遅いか……)


魔物が飛びかかった瞬間、ロクが盾で受け止め、反撃の体勢を整える。


瘴気の波が大きく揺れた。術式にノイズが走る。

ユウヤの指先が動き、術式の回路を再配置するように調整を始める。


(ここを修正すれば!)


ロクが叫ぶ。


「ユウヤ、術の調子はどうだ!?」


「今、最後の調整が終わった。もういいぞ!」


短く返し、最後の結び目を結んだ瞬間、術式がぴたりと収束した。


「おう!」


ロクの渾身の一撃が甲羅を砕き、魔物が消滅していく。


ユウヤは、大きく息を吐き汗を拭うと、すぐにフィーネの癒しが飛んでくる。


「大丈夫だったね」


ユウヤは満足そうに答える。


「……これで、完成だ」


帰路、谷を抜ける途中で、ユウヤがふと足を止めた。


「ロク、フィーネ。チャームはそのまま使ってくれ。正式に譲渡する」


ふたりが振り向くと、ユウヤは木箱の底から小さな布包みを取り出していた。


「それと……こいつも、渡しておきたい」


包みの中には、刀の鍔が一つ。術式の刻印が走り、かすかに光を帯びていた。


「……サイリのやつに」


その言葉に、ロクは少しだけ目を細め、無言で頷いた。


「あいつと約束したからな」


そういうとユウヤはサイリュウへと戻って行った。


フィーネが小さく微笑む。


「また……3人で依頼に行けるかもね」


「そうだな。そのためにもランクをあげねぇとな!」


「お寝坊さんのせいで、差が開いちゃったからね」


ロクは苦笑いするしかなかった。


いつか再び、3人で……そんな日を思いながら。

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