第3話
ずいぶんと痩せた狼だ。獣は飢えているときが一番危険だと父から教わった。目の前にいるのは、まさに血に飢えた獣といったところか。
俺はある程度の距離で、腰の剣を抜いた。
「アール! ルーカスが剣を抜いたよ! 初めてみた!」
「やめろルーカス! お前が勝てるような相手じゃねー! 大人を連れてくるんだ! ルーカス!」
アールがなにやら喚いているが、どのみちもう手遅れだ。
いまさら背を向けたって、狼からは逃げきれない。
戦うしかない。面倒だけど。
構えはいつも通り。半身になって片手をだらりと下げる。別にこだわりがあるわけじゃない。これが一番楽な構えってだけ。
「がるぁ!」
一匹の狼が鋭い爪で地面を抉りながら迫ってきた。
距離にして三メートルはあるであろう地点で、俺の喉笛に食らいつこうと跳躍した。
「ああー! ルーカスー!」
どっちが叫んだのかわからないが、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「あらよっと」
俺は飛びかかってきた狼の懐に潜り込み、狼の喉を切り裂いた。
後方でどさりと音が聞こえた。
首だけで振り返ると、狼は体をぴくぴくと痙攣させながら血だまりに沈んでいくところだった。
「ルーカス! 前! 前!」
声が聞こえて正面に向き直る。
「ぐるぁ!」
「がるる!」
二匹の狼が一斉に襲い掛かってきた。
一匹は正面から。もう一匹は右回りで接近してきた。
先に射程圏内に入った右の狼の喉を切り裂く。
腕を大きく広げた懐に、正面の狼が飛びかかってきた。
俺は左手の拳を握り、狼の鼻っ面に叩きこむ。
昨日覚えたばかりの技だ。こんなに早く使うことになるとは思わなかった。
地面に倒れた狼の首に剣を突き立てる。
これで狼は全部倒した。
俺は剣についた血を振り払い、鞘に納めた。
「おーい、終わったから降りてきていいよー!」
アールたちに声をかけると、彼らはするすると木から降りてきてこちらに猛ダッシュしてきた。
「すごいやルーカス! 一人で狼を三匹もやっつけるなんて!」
「ああ、俺様も見直したぜ! ルーカスは強かったんだな! 知らなかったぜ!」
アールたちは次々と称賛の言葉を浴びせてくる。
「いや、偶然だよ」
「そんなことねぇよ! お前はすごい奴だ! すごい奴だよ!」
アールに肩を掴まれがくがくと揺さぶられた。
あれ、なんだろうこの気持ち。
なんか、胸の奥底から充足感で満たされていくような気がする。
「すごいよルーカス! 見直したよ!」
褒められているから?
いや、違う。両親に褒められたってこんな気持ちにはならない。
なんなんだろう、この気持ち。
「おーい! 大丈夫かー!」
ほどなくして村の大人がやってきた。
アールたちは村の外で遊ぶのに懲りたのか、村の中へと引っ込んでいった。
俺はアールたちとわかれてすぐに森へと向かった。
この気持ちの正体を知りたくて。
それを教えてくれそうな人に会いに行った。
◆
「それは、
「ざまぁ……?」
サタファニの小屋の中。
俺は椅子の上で胡坐をかいた彼女の足の上に座らされながら聞き返した。
「うむ。自分を見下しておった奴に実力を見せつけて格の違いをわからせる行為じゃ。相手をこき下ろしていないので完全なざまぁではないが、今回はそれに近い形になったというわけじゃな」
「そうなんだ……ところで、なんで俺はいま抱きしめられているの……?」
「お主が無事でよかったからじゃ。わが友、クロードの大事な息子じゃからな」
そういってサタファニは俺を背中からぎゅーっと抱きしめた。
狼に襲われたのはついさっきのことなのに、どこで見ていたんだろう。
「俺、アールたちに褒められた時、すっごい胸が熱くなったんだ。なんかこう、心が満たされるっていうか」
「きっとざまぁしたのが嬉しかったんじゃろうなぁ。よいことじゃ」
「これって、いいことなの?」
「もちろんじゃ。お主はこれまでどんなに馬鹿にされても実力をひけらかそうとはしなかった。それが今回の一件で、お主の力はただしく周囲の人間に認知されるようになった。間違いが正されることのなにが悪いというのじゃ」
そっか、あれはいいことだったんだ。
俺はいいことをして、心が満たされたんだ。
「俺、もっとざまぁがしたい!」
「なぬ?」
「これがいいことなら、俺はもっともっとざまぁがしたい! ねえサタファニ! もっとざまぁをするにはどうすればいいの?」
サタファニは「うーむ」と唸って、手のひらを拳でぽんっと叩いた。
「もっと強くなればよい。誰にも負けぬほど強く、誰をも導けるほど強く。その先にざまぁはあるじゃろう」
「そっか……なら俺、もっと強くなる! もっともっと強くなるよ! ざまぁをするために!」
「うむうむ。がんばるがよい」
サタファニは微笑みながら俺の頭を撫でた。
この日、俺に戦う理由ができた。強くなりたい新たな理由が生まれた。
俺はざまぁをしたい。
自分や誰かを見下す相手を見返してやりたい。
間違った認識を正したい。
その一心で、父と母の修行に精を出すようになり、さらにサタファニのもとで古今東西のあらゆるざまぁについて学んだ。
それから七年の歳月が流れーーーー俺は十七歳になった。
剣の腕も魔法の腕も両親に並んだ。
とある春の日、俺は旅立つことにした。
この村にいてはざまぁをすることはできない。
俺はざまぁをするために、世界を巡ることにした。
「じゃあ、行ってくるよ。父さん、母さん」
「ああ、お前ならきっと大丈夫だルーカス。お前はもう、俺を越えている」
「行ってらっしゃい、ルーカス。あなたはわたしたちの誇りよ。どうか体には気をつけて」
父も母も相変わらず大げさだ。この七年で少しだけ見た目が老けたのに、中身は親馬鹿のままだ。
剣の腕は父と互角。魔法の腕は母と互角。まだ越えたわけじゃない。
灰色のマントを羽織り、実家を後にした。
村を出る前にもうひとつ寄らなければならないところがある。
サタファニのところだ。
俺は森に入り、サタファニの家に向かった。
すると、彼女は家の前で箒にまたがっていた。
「おお、ルーカス。ちょうどこっちから会いに行こうと思っておったところじゃ」
サタファニの見た目は七年前から少しも変わっていない。
彼女は幼いままで、俺は成長してしまった。
「君も旅に出るのか?」
「うむ。少しばかりこの土地に長居しすぎた。このままじゃ張った根を引きはがすのに苦労しそうじゃからの」
「そっか……」
「わしと会えなくなるのが寂しいんじゃろ。お主、昔からわしのこと大好きじゃったもんな」
「やめてくれよ……子供の頃の話だろ」
幼い頃は、たしかに彼女に淡い恋心を抱いていた。
いまは違う。七年たっても変わらない見た目といい、彼女は俺とは違う世界に生きる人なのだとわかっている。
俺の初恋は砕け散ったけど、だからこそ旅立つ踏ん切りがついたともいえる。
最後まで子供扱いなのは気に入らないけどな。
「キヒヒ、ずいぶんと可愛げがでてきたのう。さて、わしはもう行く。もしも世界のどこかで再会したら、その時はよろしくの」
サタファニは帽子の唾を持ち上げながら、微笑んだ。
「ああ、俺の方こそよろしくな」
「ではの!」
サタファニを乗せた箒が浮かび上がり、空の向こうへと飛んでいった。
彼女の姿はすぐに木々に阻まれ見えなくなる。
これでいい。これでこの土地に対する最後の未練は消えた。
俺は俺が求める旅に出る。
これは世界を救う旅じゃない。
壮大な野望や目標があるわけでもない。
ただざまぁをする。
それだけの旅だ。
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