勇者と賢者の間に産まれた息子の「朝チュン多めな」ざまぁ旅

大海原しじみ

第1話

 幼い頃の俺は強くなる意味がわからなかった。


 平和なこの世界で、強くなって何の意味があるのだろう。


 冒険者や騎士になりたいというのなら話は別だが、あいにく俺にはそんな立派な志なんかない。


 父は世界を救った勇者。母は父とともに世界を救った賢者。その二人の間に生まれた俺は、半ば強制的に強くなることを義務付けられていた。


「やいルーカス! 今日こそ俺と決闘しろよな!」

「今日こそやるんだよなルーカス!」

「やれやれー!」


 村の子供たちと遊んでいると、そんなことばかり言われる。


 正直、嫌気がさす。


 俺は父から私闘をきつく禁じられているので、いくら村のガキ大将のアールが俺に決闘を申し込んだところで受けることはできない。


 父との約束がなくても、俺は戦うつもりなんかない。なぜわざわざそんな疲れることをしなければならないのかわからない。


 どっちが強いのかはっきりさせたいからとかアールはいっていたが、そんなことを決める意味もわからない。


「くだらない。俺、帰るよ」


 だから俺はそういう話になると決まって彼らに背を向けるのだ。


「やれやれ、今日もこのアール様の不戦勝かー!」

「その腰に差してる剣はお飾りなのかルーカス!」

「男らしくないぜ!」


 背中に向かってやいのやいのいわれるがどうでもいい。


 俺は村の子供の中でゆいいつ帯剣を許されている。


 両親が両親だし、無暗に剣を抜かないからだ。


 剣を抜かない理由は単純だ。別に狩りをしているわけでもないのだから抜く必要がない。なんならこんな重い鉄の塊は家において置きたいくらいだ。


 でも父からなにかあった時にみんなを守るのはお前だ、といわれて持つことを義務付けられているので仕方なく持っている。


 俺が帯剣していることも、きっとアールは良く思っていないのだろう。


 あの単細胞のことだから、強い者が剣を持つべきだとか思っているに違いない。


 魔王がいなくなったこの平和な世界で、強者こそがすべてみたいな思想は本当に子供じみていると思う。俺もあいつも十歳だけど。


 父はいう。剣を持つにふさわしい人間は強者じゃない、理性ある人間だと。


 俺は別に頭がいいわけでもないと思うのだけれど、無暗に剣を抜いたりはしない。だって刃物は危ないからね。その程度の当たり前の認識しかない。こんなの理性的というほどではない気がする。


 父は俺に剣の修行をつけるし良く褒めてくれるけど、実はそんなにやる気がない。母が教える魔法に関してもそう。


 二人とも一人息子の俺がそんなに可愛いのか手放しに褒めるけど、俺には見え透いたお世辞だってわかってる。


 だってこんな田舎の村に住む十歳の子供に、そんな才能があるわけがないから。あったとしてもそんなのいらない。この平和な世界では使い道のない才能だもの。


 親馬鹿な両親のことはおいといても、俺はこんなのどかな村でそんなに強くなってどうするんだって半ば斜にかまえながら両親の教えにつきあっている。


 それでも一日おきに剣と魔法の修行を元英雄の両親に教えてもらっているのでさすがに同年代の子たちよりは強いと思っている。


 思っているけど、それを証明しようとは思わない。


 なんどもいうようだけど、そんなことに意味があるとは思えないからだ。


 俺は村外れの平原から森を目指した。


 うっそうと茂る森の中をいつもの手順にそって進んでいく。枯れ木を右に、野イチゴの茂みを左。崖が出迎えたら今度は右。


 目印を見失えばすぐに森の入口に戻される。ここにはそういう魔法がかけられている。


 そうして行きついた先には、泉のほとりにたつ一件の家があった。


 木の幹を丸いまま使ったログハウスだ。


「サタファニ、いる?」


 玄関の扉を手の甲で叩き、声をかける。


 すると扉がひとりでに開いた。


 家の中には大量の本や巻物、壺が散乱している。


 またこんなに散らかしているんだから。


「なんじゃ、今日も来たのかルーカス」


 部屋の奥の方からお婆さん臭い口調の若い女性の声が聞こえてきた。


 中に入ると俺の背後で扉がひとりでに閉まった。


 すると今度は頭上に浮いていた蝋燭にぼぼぼっ、と火が灯り、部屋の中を明るく照らした。


「ねえ、サタファニ。先週掃除したばかりなのにどうしてもうこんなに散らかっているの?」


 俺が部屋の奥にある大きな椅子の背もたれに向かって声をかけると、椅子が音もなく回転してこちらを向いた。


 椅子には座面に片足を乗せたふてぶてしい感じの女の子が座っている。


 緑色の髪を二つに縛った頭には大きな黒い三角帽子をかぶり、黒い帯で胸元を隠して黒革の丈の短いジャケットを羽織っている。下にはジャケットと同じ黒革のショートパンツ。お腹のところのボタンはいつも開けっ放し。お臍も丸だしだけど、寒くないのかな。


 足には先端が湾曲した黒いブーツを履いている。


 彼女は魔女だ。


 せいぜい十二歳か十三歳くらいにみえるけど、実際の年齢はものすごーく上らしい。


 あくまでも彼女がそう言っているだけで本当なのかはわからない。


 俺にとっては見た目の年齢が近ければ親しみやすいということで、よくここに遊びに来ている。


「なぜ散らかっとるか……それはこの叡智の魔女にもわからぬ摩訶不思議というやつじゃな」

「いますぐ返上した方がいいよその二つ名」


 俺はせっせと倒れた壺を立て直して巻物を詰め込み、散らかった本を本棚に戻した。


 別に綺麗好きってわけでもないんだけど、ここにくるとどうにも片づけることが習慣になってしまった。


 お世話になってるし、別にいいんだけど。


 俺は軽く片づけて、自分が座る椅子を確保して腰を落ち着けた。


「手厳しいことをいうのう。まったく、あの陽気な男からなぜこんな抑揚のない子供がうまれたんじゃろうな」


 いうまでもないが陽気な男というのは俺の父のことだ。


 あの人は確かに陽気だ。


 世界を救って莫大な報酬と王都での居住権を手にしたというのに、あっさりそれらを手放して母とともにこの田舎へやってきたんだから。


 なんでも父の実家は鍛冶屋だったらしく、鍛冶屋の息子は鍛冶屋らしく、田舎で鉄を叩くのがいいとかいっていたそうだ。


「あの人の陽気さはもはや病気だからね。病人と俺を一緒にしないでよ」

「はっ、実の父親を病人呼ばわりか。ずいぶんとわし好みの男になってきたのう、ルーカス」


 サタファニは「キヒヒ」と笑い声を付け足して口角を吊り上げた。


 俺はついその顔に見惚れてしまう。


 彼女の耳で緑色の丸いピアスが揺れてとても綺麗だ。


 本当の年齢とかどうでもよくなってくる。


「別に……サタファニに好かれようとしてるわけじゃないよ……」


 口からでてくるのはそんな憎まれ口。われながら可愛げがない。でも素直になるなんて無理。


 俺は彼女を特別な存在だと思っているけど、彼女は俺を親戚の甥っ子くらいの存在にしか思っていないのだから。


 可愛げのあることをいったって、馬鹿にされて笑われるのがオチなのさ。


「なんじゃー、せっかくこのわしが面倒見てやっておるというに、その言い草はー。ていっ!」


 ぼしゅん、とサタファニの姿が煙に包まれ、気づいた時には俺の隣に移動していた。


 彼女は俺の肩に腕を回してぐりぐりと締め上げてくる。


 ちょっと薬っぽいけど、大人の人が使う香水みたいなすごく良い匂いがする。っていうか、胸が当たってる。小さいけど確かに柔らかいものが頭に当たってる。


「は、はなしてよ!」


 顔が熱くなるのを感じて、俺はすぐに腕を振り払った。


 サタファニはまたしてもぼしゅんっ、と煙に包まれ、今度は空中で逆さまになって現れた。片手で帽子を抑えながら、胡坐をかいている。


 頭に血が昇らないのかな。


「キヒヒ、いま照れたじゃろ」

「照れてない!」

「ナハハ、ムキになりおった」

「むー!」


 サタファニは頬を膨らませた俺の顔をみて一層けらけら笑っていた。


 ひとしきり笑い終えると、彼女はふわふわと宙を漂い、最初に座っていた椅子に落ち着いた。


「ふう、笑った笑った。それで? こんどはなにに悩んどるんじゃ?」


 サタファニはにやにやしたまま足を組み、椅子のひじ掛けに頬杖をついて尋ねてきた。


「実は、今日もアールに決闘を申し込まれたんだ」

「ほう、あのガキンチョも飽きないのう。よっぽどお主に執着しとるんじゃな」

「こっちからしたらいい迷惑だよ。決闘なんかしたら父さんに叱られるし、だいいち俺は戦う意味がわからないもん」

「戦う意味がわからないとは……時代を感じるのう」


 サタファニはどこか遠い目をして呟いた。


 俺は彼女のこの顔が嫌いだ。


 昔を懐かしむようなこの表情が嫌いなんだ。


 いま目の前にいるのは俺なのに、俺じゃないどこかの誰かを思い浮かべている気がしてどうにも落ち着かない。


「ねえ、サタファニ。どうしてこんな平和な時代に強くなる必要があるの? なんで戦わなきゃならないの?」

「さあの。戦う理由は人それぞれじゃ。単純に強者への憧れからくる者。守りたい者のため。金のため。名誉のため。理由を述べろといわれればいくらでも戦う理由はある。一昔前なら生きるために戦うものがほとんどじゃった。じゃが、お主が聞きたいのは、お主自身の理由。つまりルーカス・エーデルワイスだけの戦う理由が欲しいんじゃろ?」

「別に戦う理由が欲しいわけじゃないよっ」


 俺は口を尖らせていった。


「ふーむ、それでもわしはお主のその才能を活かさないのはもったいないと思うがのう」


 サタファニまで両親と同じようなことをいう。


 そうやって俺をおだてて戦わせようとするんだ。


「俺にはどうしてアールや他のみんなが強くなりたいのか全然わからないよ」

「いつかお主だけの答えがみつかるじゃろう。その時のために、いまは自分を鍛えておくといい。いざ戦いたくなったときに、最初から戦える力があるのとないのとでは雲泥の差じゃからな」

「そういうものなのかな」

「そういうものじゃよ」 


 サタファニはギザギザの歯を覗かせながら「キヒヒ」と笑った。


「そろそろ父さんの稽古の時間だ。いかなくちゃ」

「うむ、しっかり力をつけるがよい。わしは強い男は好きじゃぞ」

「べ、別に、サタファニのために強くなるわけじゃないよっ!」


 とはいいつつも、俺が両親の稽古をサボらずにいるのは、彼女の影響が大きかったりする。


 もちろん、口が裂けてもそんなことは言えないけど。

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