その4:絶対領域(前編)
「どうして……こうなった………」
今、僕の眼の前に、それはそれは見事にはちきれんばかりの太腿がある。そしてそれは、明かにヨリのものより太いのだが、ツヤとハリではヨリ以上かもしれない。それが膝上21cm裾のミニスカートと膝上14cmに達するニーソに挟まれ、圧倒的な存在感で絶対領域を形成しているのだ。
えっ? なんで数字がそんなに細かいんだって? そりゃ当然、今僕がものさしで直接計ったからだ!
「これはすごいよ、ヨリ。ノアナさんの言う通りだ。この絶対領域は限りなく黄金比に近い……完璧な絶対領域だ!」オタクの誇りにかけてそう断言する僕に対し、ヨリが冷たい言葉を投げかける。
「なによそれ? まったくお兄ちゃんと言い……オタクってどうしてそうテンプレなのかしら!?」
「テンプレじゃありません! 形式美って言うんです!! あなたは何も分かっていない」そう言ったのは、この絶対領域の持ち主のノアナさんだ。
「何よ偉そうに。異世界来てまでコスプレとか……それで言ったら、こっちの住人全員コスプレイヤーじゃない!」
こうして僕の眼の前で、妹のヨリと、新たにギルドに来た冒険者のノアナさんがいがみ合っているのだが……最初の話は何だったっけ?
◇◇◇
「おはよう! 調子はどう?」
その日、いつもの様に冒険者ギルドを訪れた僕ら兄妹に、これまたいつもの様にカミーユさんが話しかけてきた。
「いやー。相も変わらずといいますか……ちょっとマンネリ?」
僕は何気なくそう答える。
「えー。もうヨリちゃんと倦怠期なの? 冷たいお兄さんだねー。それじゃ、ヨリちゃん。私と、もっとたくさんしようね!」例のお掃除クエストの後、ヨリとカミーユさんは定期的に密会している様なのだが、僕にその詳細を尋ねる勇気はない。
「いや、決してそう言う意味では……」
取り合えず、カミーユさんの言った事は否定しておかないと、あとでヨリに何と言われるか……言葉を言いかけて、途中で僕の思考が一瞬、フリーズした。
10mほど離れたところに、見知らぬ女の子が立っていたのだが、その恰好がどう見ても、いつも大抵48人前後いるアイドルユニット系の萌え萌え衣装でリボンとフリルがふりふりなのだ。そして当然の様にミニスカ・ニーソで見事な絶対領域が形成されている。これに、オタクの僕が食いつかないはずはないじゃないか!
しばらくガン見していたら、その子もこちらの視線に気が付いた様で、振り向いて軽く会釈をしてくれた。
ドガッ。いきなりヨリにローキックを入れられた。
「何見てんのよお兄ちゃん。じろじろ見てたら失礼でしょ。でも、あんな子見た事ないねー」
「ああ、あの子は新人さん。三日前にこっちの世界に転移してきたんだって。人間だよ!」カミーユさんがそう説明してくれた。
人間だって? そうかあの子、僕達と同じ世界の出身か。通りで見た事ある恰好だと思った。会話とかしてみたいのだが……人間だと、ヨリが嫌がるだろうな。
そう思っていたら、当の彼女の方からこちらに近寄ってきた。
「あのー。もしかしてあなた方が噂の、転移してきた人間冒険者兄妹ですか?」
うわっ。なんか声もすごく可愛い。いやそこじゃないぞ。よく見ろ。顔もアイドル顔負けだよこの子。ヨリよりはちょっとぽっちゃり目だけど、そこがまた何とも……これは何としてもお知り合いになりたいのだがヨリがなー。そう思っていたら、いきなりヨリがその子に話し掛けた。
「あんた人間なんだ。私はヨリ。そんでこっちがお兄ちゃん。あんた名前は?」
「はいっ! 私はノアナと申します。山岡ノアナ。こっちに来てからまだ日も浅くて何にも分からず心細かったんですが、こちらで大活躍されている人間の先輩がいるって教えてもらっていて……あの、お会い出来て光栄です!」
「まっ、こっちの世界に関しては、私達に一日の長があるからね。分からない事があったら、何でも聞いてね。それで、あなたは一人なんだ……」
「はい。私、おばあちゃんと二人暮らしだったんですけど、先日おばあちゃんが亡くなって、天涯孤独といいますか……はは私、十九にもなってこんな格好してますけど、アイドル目指していた時期もあって、でもうまくいかなくて、コスプレにのめり込んだりしてたんですけど……なんか私の身体目当て見たいな人しか近づいてこなくって……嫌気がさして、おばあちゃん名義だった山と引き換えにこちらに転移させていただいたんです」
「そっか。その気持ち。何となく分かるよ。あっちの世界に嫌気がさした者同志、仲良くやっていきましょ」そう言ってヨリが右手をノアナさんに差し出した。
ああ、ヨリ。なんか成長した?
ノアナさんに聞こえない様、こっそり話掛けてみる。
「ヨリ……お前、人間嫌いだったんじゃないのか?」
「嫌いよ……でも、あの子。なんかほっとけないというか……私好み?」
あー、それってもしかして……カミーユさんもなんかニヤニヤしてるし。
「それでお兄ちゃんたら、さっきからノアナさんの太腿ばっかり凝視して……ごめんねノアナさん。スケベなお兄ちゃんで……」
「いえ、それは気にしないと言うか。むしろ視線を集めたくてこんな感じにしていると言うか……」
「はいっ? 身体目当ての人が嫌だったんじゃないの?」
「あの、直接触れられるのは嫌なんですが、見られるのはうれしいというか……」
「ああ、その手の変態さんなんだ」ヨリは思った事をズケズケ言う。
「そんな、失礼な! これでもちゃんと綿密に計算して、視線がここに集まる様にしているんですよ!」
「何それ……そんなものなの? お兄ちゃん」
「ああ……僕でもこんな立派な絶対領域は見た事がないんだよ……なんだっけ。黄金比? それが完璧なんだと思う」
「理解出来ない……ほんとにそうだっていうなら、計ってみましょうよ! カミーユさん。ものさし貸して!」
そう言ってヨリは、カミーユさんから30cmものさしを借り、僕に手渡した。
「はい、お兄ちゃん。その黄金比ってやつチェックして!!」
「ええっ。何で僕が!?」
「だって、そんなのどこ計るのか私知らないし!!」
なんかすごい剣幕だな。だがこの状態のヨリにはあまり逆らわない方が良さそうだ。それに、ちょっと役得かもしれない。
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