『処刑された天才詐欺師、異世界で神と呼ばれる』

Kiro

第1話「神は死刑台から降臨する」

この世界には、嘘ひとつで国を落とした女がいる。

名をクロエ・エインズ。


剣を握らず、兵も持たず、たったひとつ“言葉”だけで王を籠絡し、十万の軍を屈服させた稀代の詐欺師。

真実を語らず、虚構を事実に変えるその才は、神の領域とまで称された。


だが、そんな女の最期はあまりに呆気ないものだった。

信頼した側近の裏切り、王の寝返り、そして密告。


囚われの身となったクロエは、ロストラ王国の中央広場に建つ処刑台の上で、縄を首にかけられながら笑った。


「この世界、嘘で塗り替えてみたくない?」


その場にいた誰もが凍りついた。

気でも狂ったのか、それとも最後の悪足掻きか。だが、その瞬間だった。


天を引き裂くような雷鳴。

黒雲が瞬く間に空を覆い、稲妻が処刑台を直撃した。


目を開けた者は誰もいなかった。

光と音が止んだとき、そこには何も残っていなかった。


縄も、柱も、そしてクロエ・エインズの身体すらも。


ただ、空だけが深く、静かに澄んでいた。


「……死んだにしては、静かすぎるわね」


目を開けたクロエは、漆黒の空間に立っていた。

音もなく、風もない。重力すら感じない。そこは“虚無”としか呼びようのない場所だった。


どこまでも続く闇。

歩いても、歩いても、どこにも行けない。

だが、彼女は慌てなかった。虚空に響いた皮肉な笑みは、死の間際と同じく鮮やかだった。


「これが……地獄? それとも、神様の悪趣味な待合室?」


そんな彼女の言葉に応えるように、虚空が微かに震える。


『ようこそ、“選ばれし者”よ』


重厚で、どこか機械的な響き。

それは、声というにはあまりにも無機質で、だが確かに“意思”を宿していた。


『お前は欺き、奪い、壊した。だが同時に、救い、導く力を持っていた』


「……また詐欺の営業トーク? せめて騙すなら、もう少し斬新な台詞にしてほしいものね」


『クロエ・エインズ。お前は“神の代行者”として新たな世界に降臨する。そこで、お前のすべてを試すがよい』


一言で、全身を貫く光。

意思とは無関係に、意識が収束し、飲み込まれていく。


そして、視界が闇から光へと反転した。


玉座。


割れた柱、崩れた天井、血の染みた絨毯。

そこはかつて栄えたであろう古城の玉座の間だった。


朽ちた装飾の中、クロエは玉座に座していた。


(へぇ……演出が凝ってるじゃない)


自らの姿に目を落とすと、かつての自分ではない。

肌は透き通るように白く、瞳は深紅に輝いている。まるで神話に登場する“女神”のような外見だ。


腕には“神印”と呼ばれる奇妙な紋章が刻まれていた。まるで、何者かが自らを“神”として記録した証のように。


そのとき、玉座の扉が軋みながら開いた。


現れたのは一人の少年。

白髪で、痩せた身体。古びた魔導書を抱え、震える手でクロエに跪いた。


「……女神クロエ様……どうか、この世界を……救ってください……」


「……なるほど。そういう“設定”ってわけね」


クロエはゆっくりと立ち上がり、少年の元へ歩み寄った。

そして、彼の頬にそっと手を当てる。


「奇跡が欲しいの?」


少年は、涙を流しながらうなずいた。

疫病で母と妹が倒れ、村は死にかけているという。


クロエは笑った。


「なら、これを」


彼女が懐から取り出したのは、青く光る液体の入った小瓶。


「“神託の水”よ。七日間、朝晩に一滴ずつ。信じれば、救われるわ」


もちろん、それはただの薬草を煮詰めた解毒液だった。

だが、少年は涙を流して感謝し、それを神の奇跡と信じ込んだ。


(信じるという行為こそ、最強の“嘘”)


クロエはその背を見送りながら、満足げに目を細めた。


数日後、クロエのもとには列を成す民が集まっていた。

その中には、例の少年・ラセルの姿もある。


「村の疫病が、奇跡のように癒えました!」

「娘が立ち上がったんです……! ありがとうございます、クロエ様!」


クロエは玉座で静かに微笑んでいた。


(なるほど。“神印”があれば、嘘すら真実に変わる……そういう仕組みね)


やがて、彼女のもとに一羽の黒い鳥が舞い降りた。嘴に巻物を咥えている。


それは“記録保守機構”からの警告文だった。


【エリシア・ハルト:神託を無効化する力を持つ者】


クロエの唇が歪む。


「“嘘”を壊す少女? 面白いじゃない。次は彼女を、私の“信徒”にしてみせる」


その瞳に宿るのは、全能ではない。

むしろ、“全能を演じる者”のしたたかな光。


そう、彼女は“偽りの神”だった。


夜。


クロエは誰もいない玉座の間で、一つの球体を見つめていた。


“神核”神の記録装置。世界の全記録に干渉できる、中枢の鍵。


「記録が世界を支配するなら、その記録を書き換えればいい」


クロエは、自らが“記録の改ざん者”であると理解していた。

正義も悪も、真実も虚構も、記録さえ変えれば意味を持たない。


「ねぇ、神様。もし見てるなら、ちゃんと観察しててね」


誰に届くとも知れぬ声。だが彼女の中には確かな意志があった。


「嘘が、どこまで世界を救えるのか見せてあげる」


それは、嘘つきの女による、

世界最大の“詐術”の始まりだった。

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