第2話『褒め言葉の副作用』
「じゃあ今日は“褒め方”の練習ね」
翌日の昼休み、千紘は当たり前のような顔でそう言った。
昨日の“視線トレーニング”から一晩経っても、彼女のテンションは変わらない。
「お前、昨日の反省とかないのかよ」
「反省? 成果出たじゃん。“三秒間アイコンタクト”ができなかったっていう結果が」
「言い方よ……」
千紘は机に突っ伏しながら、ペンをくるくると回していた。
その目元はなんだか楽しそうで、ちょっとだけ眠そうでもある。
「で、“褒める”って、どうすりゃいいんだよ。相手のこと知らないと褒められなくないか?」
「逆。観察と共感が大事なの。見て、気づいて、ことばにする。それが褒めるってこと」
「お前、言うだけなら簡単だな……」
「じゃあ実践。私を褒めてみて」
「は?」
「今日のファッションでも、髪でも、持ち物でも。なんでもいいよ。制限時間は30秒」
「いや、プレッシャーすぎるだろ」
「はい、スタート」
「ま、待てって!」
とりあえず千紘を真正面から見てみる。
制服は昨日と同じ、カーディガンの袖は少し長め。髪は耳の後ろで結んでいて、前髪は少しだけ跳ねている。
「えっと……その、今日の髪……いいと思う」
「ふうん。どこが?」
「いつもより、顔がよく見えるっていうか。お前、そういうアレンジ似合うなって」
千紘の手が止まった。
「……へえ」
「え? 何その反応、間違ってた?」
「いや、そうじゃないけど……ちょっと本気っぽくて、びっくりしただけ」
「お、おう。練習だしな。練習」
「うん……」
沈黙が落ちる。
昼休みのざわつきの中で、そこだけ空気が止まったような感覚がする。
「……ねえ、他の子にも、そうやって褒めたりするの?」
唐突に、千紘が口を開いた。
「え? いや、しないけど……なんで?」
「別に。ただ、なんとなく」
「……そっちこそ、どうしてそんなこと聞くんだよ」
「……さあ。変なこと言ったかも。ごめん」
千紘はそっぽを向いた。
いつもなら軽く言い返してくるはずなのに、今日はやけに静かだった。
「なあ」
「ん?」
「そういうの、嫌?」
「……なにが?」
「俺が、他の子を褒めるのって」
千紘は少しだけ間を置いて、それからふっと笑った。
「それ、今ここで答わなきゃダメ?」
「……いや、いい」
「なら、黙っとく」
笑いながらそう言う千紘の横顔は、なんだか見慣れたそれとは少し違って見えた。
なんでそんなことが気になるんだろう。
わからないけど、わからないままにはしておけない気がした。
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