2 スーパー美少女JC
午後からの授業は、めちゃくちゃ気まずかった。
なにしろ平尾さんは、ボクのとなりの席なのだ。
いわゆる陰キャなボクは、彼女と一度も話したことがない。
逆に彼女は、学年でめちゃくちゃイケてる層。
誰かが実施した学年女子・人気ランキングで、ぶっちぎりのトップだったらしい。
つまり彼女は、ボクなんかとは住む世界が違う人だった。
ボクは彼女に話しかけていい身分じゃない。
でも――となり同士の席であるボクたちの間には――あきらかにこれまでとは違う空気が流れていた。
平尾さんが、チラチラとこっちを見てるような気がする。
で、ボクは思う。
彼女は――さっきあの階段で、一体何をしていたんだろう?
って言うか、そもそも、あのブロックノイズみたいなのは何?
あんなの、フツー、空中に浮かぶ?
おまけにいつの間にか、あっさりと消えたし……。
そんなことを考えているうちに、授業はどんどん進んでいく。
学校の勉強は、まるでかつての仲間たちのように、あっという間にボクを置いてけぼりにしていった。
今では黒板を見ても、何が書いてあるのか、さっぱりわからない。
●
「ねぇ、
下校時間――ボクが帰る準備をしていると、平尾さんがいきなり声をかけてきた。
教室で誰かに話しかけられたのは、ずいぶんひさしぶりだった。
「はい。何でしょう?」
「は? なんで敬語?」
「い、いえ、初めてお話しするので……」
「あれ? そうだっけ?」
平尾さんは、めちゃくちゃフツーだ。
何だろう、彼女のこの雰囲気?
まるで小学校の頃に戻ったみたいだった。
こんな子、以前はクラスにたくさんいた。
男子とか女子とか、あんま区別されてない頃の感じ。
「ちょっと話があるんだけど」
「話? あぁ、はい。どうぞ」
「いや、ここじゃなくて、どこか別の場所で」
「別の場所……」
ボクは、平尾さんの顔を見る。
こんなに近くで、こんなにまっすぐに、彼女の顔を見るのは初めてだった。
彼女、やっぱすごい美人だ。
学年女子・人気ランキングで、ぶっちぎりトップっていうのもよくわかる。
清楚系サラサラ・ストレートな黒髪が、ボクの前で美しく揺れた。
「えっと、それじゃあ……どこでお話ししましょう?」
「敬語、キモくない? やめてよ。同級生」
「あ、あぁ。ごめん。じゃあ、どこで話す?」
「うーん……じゃあとりあえず、いっしょに帰ろっか? どうせあなた、部活とかやってないでしょ?」
「ま、まぁ」
「じゃ、帰ろ」
「こ、ここじゃダメなの?」
「ダメだよ。わかるでしょ?」
平尾さんが、ボクの腕を引っぱる。
引きずられるようにして、ボクと彼女は教室を出た。
そんなボクたちを、クラスの連中が「???」といった視線で見つめる。
『え……なんで平尾さんが、あんなヤツの腕を引っぱってんの?』
男子も女子も、そんな感じだ。
それくらい、人気者の彼女と、いてもいなくても同じなボクには格差がある。
周りの視線がツラすぎて、悪いけど、ボクは彼女に手を離してもらいたかった。
だけど平尾さんは、しっかりとボクの腕をつかみ、下駄箱まで連れていく。
靴を履きかえる時だけ手を離し、それからはまたボクの腕を取った。
めちゃくちゃ、強引な人だ。
だけど、逆らえない……。
「ねぇ」
校門を抜けると、ようやく彼女が手を離してくれる。
「今日の昼休みなんだけど……あなた、何か見た?」
「えっと、何の話?」
「今日の昼休み。三階と屋上の間の階段」
「あぁ、はい」
「あの時、あなた、何か見た?」
「いや、急にそんなこと聞かれても……」
「は? 何なの? 私が聞きたいのは、あなたが何かを見たのか? 見てないのか? それだけなんだけど?」
「ボクは、その、昼休みにヒマだったから、屋上にいただけだよ」
「一人で?」
「一人で」
「何をしてたの?」
「何もしてない」
「えっと――暗い人?」
「どうだろう? ただ屋上でボーッとしてただけ」
「それ、暗くない?」
「暗いかも……」
「暗いでしょ」
「暗いね」
「それで? その時の状況を説明して」
「状況って……昼休みヒマだったから、屋上でボーッとしてた。で、昼からの授業がはじまるから、階段を下りようとしてた……」
「そこに、私がいた?」
「そう」
「何か見た?」
「何も見てません」
彼女が急に立ち止まる。
ボクの腕をつかみ、ムリヤリ自分の方に向かせた。
ジッとこちらを見つめてくる。
まるでウソかホントか確かめるように、目の奥をジッと覗き込んできた。
「見たよね? 何かを?」
「いや、何も見てない」
「もしかしてブロックノイズ?」
「え? やっぱあれ、ブロックノイズなの?」
「見てるじゃん」
「すいません」
「そっか、見られちゃったか……」
ふたたび、平尾さんが歩きはじめる。
そんな彼女に、ボクはついていくしかない。
「ちょっと質問してもいいかな?」
「何?」
ボクの問いに、彼女は少し不機嫌だった。
「あのブロックノイズは――何? キミはあの時、どうしてあんなとこにいたの?」
「その前にあなたが見たものを聞かせて。あなたが見たのは、どんなブロックノイズ?」
「どんなブロックノイズって……えっと、ピカピカなの」
「子どもか? もっと正確に」
「七色で……四角いブロックがモザイクみたいに並んでた。大きさは、ちょうどキミの身長くらいで……」
「あなたが見たのは、それだけ?」
「それだけ」
平尾さんがふたたび立ち止まる。
またしても、ボクの目の奥を覗き込んできた。
彼女の眼差しが、さっき以上に真剣に輝く。
「どうやらウソではないようね」
「う、うん。ウソじゃないよ」
「ってことは、やっぱ書き換えとかなきゃだ」
「書き換え? 何?」
「いや、こっちの話」
「キミはあの時、あんなところで何してたの? あのブロックノイズは、何? キミは何か知ってるんだろ?」
「あなたは知らなくてもいいよ。説明しても、どうせ意味がわかんない」
「いや、ちょっと待ってよ。たぶんボク、わかると思う。どうせアレだろ? ファミコン的なやつ? ボク、親戚にこどおじがいるから、やったことあるんだ」
「さて……一体どこで書き換えるべきか……」
平尾さんは、ボクの話をまったく聞いていなかった。
キョロキョロと、周囲を見回している。
やがて何かを見つけたようにハッとすると、またしてもボクの腕をつかんだ。
「あそこに公園がある。見たところ、ひと気もない。とりあえず、あそこで――」
「ちょ、な、何? 痛いよ! 離して! 暴力!」
「うるさいなぁ。私みたいなスーパー美少女JCがわざわざ腕を触ってくれてるんだ。フツー、御の字っしょ?」
「自分で『スーパー美少女JC』とか言うんだ……」
♪
その時――どこからか、ヘンな電子音がひびいてきた。
これはあの時、屋上で聞いたものと同じだ。
「こ、これ! この音! なんか鳴ってる! 呼び出し! ほら、平尾さん、電話だよ? 出ないと!」
「え……」
ボクの言葉に、平尾さんがボーゼンとする。
魂が抜けたように、ボクから手を離した。
電子音は、鳴り続けてる。
これは間違いなく、『英雄ポロネーズ』。
「あなた、これ、聞こえるの? マジで?」
「き、聞こえるけど? な、何?」
「どんな音?」
「どんな音って……『英雄ポロネーズ』。チョピン」
「ショパンね。でも、聞こえている……」
「いや、だから、聞こえるでしょ、フツー」
「ど、どういうこと?」
「それは、ボクが聞きたい」
「あなた、NPC?」
「NPC……ゲームの話?」
「知らない……NPCを知らないのに、この音が聞こえてる……」
彼女の顔が、めちゃくちゃ深刻になる。
首をかしげながら、ボクは彼女に続けた。
「何なの、平尾さん? 意外と、ヘンな人?」
「ヘン? 私が?」
「だってボクがこの音を聞けたくらいで、まるで世界が終わっちゃうみたいな顔してるし」
「永瀬くん」
「はい?」
「あなたは一体、何者?」
「何者って……中一?」
「そうじゃなくて、何者?」
「何者……あぁ、えっと……さそり座で、B型だ」
「何言ってんの?」
「え?」
「わかった。あなたの処遇については、またあとで考えよう。今はこんな話をしてる場合じゃない。ついてきて」
平尾さんが、スタスタと歩きはじめる。
『英雄ポロネーズ』は、さっきからずっと鳴り続けていた。
「平尾さんは、電話、出ない派?」
「いや、だから、これは電話じゃない」
「電話じゃない……ってことは、ポケベル? ボク、聞いたことあるよ」
「電話でもポケベルでもない。バグ発生の警告音だ」
「バグ? 発生? 警告音……」
「それからあなた、さっき私が、まるで世界が終わっちゃうみたいな顔してるって言ったよね?」
「あぁ、うん。でも、マジでそんな顔をしてたよ?」
「この際だから、もぉ、ぶっちゃけちゃうけど――」
早足で歩きながら、平尾さんがボクにキッパリと続ける。
「この世界なんて、とっくの昔に終わってるんだ」
「は、はい?」
国道に出ると、平尾さんがいきなり高く手を上げた。
それに反応し、ボクたちの前でタクシーが止まる。
後部ドアが自動で開いた。
「乗って」
「え? い、いや、どこ行くの?」
「乗って!」
「はい」
ボクがタクシーに乗り込むと、押し込むようにして平尾さんがとなりに座る。
「
平尾さんが行き先を告げると、タクシーが走り出す。
どうしたらいいのかわからず、ボクはただ彼女のとなりに座っていた。
一体、何が起こっている?
って言うか、このスーパー美少女JC、一体何を考えているんだろう?
彼女はさっき、ボクに『あなたは一体、何者?』って言ったけど――キミこそ、一体何者なんだ?
ったく、ぜんぜん意味がわかんないよ……。
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