天気を読んだだけですが、名軍師として迎え入れられました。

 今、私は大勢の軍勢がぶつかり合っているところを丘の上から見ている。

 先ほど放たれた火が敵の背後を突く。これで彼らは逃げ場がなくなり、火に飲みこまれるか目の前の敵に殺されるしかないだろう。

 こちらに来る前、地球上でも戦争はあちこちで起こっていて、多くの人たちが亡くなっていることは知っていた。

 けれど、こうやって肉眼で見ることになるとは思わなかった。しかも私の一言で人の命が簡単に奪われるなんて、怖いことこの上ない。今まで異世界に転生、もしくは転移してきた勇者たちは、どんな気持ちで戦いを仕掛けて来たのだろうか。


 下から巻きあがる熱風と土埃は、無情にも簪でまとめられた私の髪の毛を掬いあげる。

 こちらに来て丸一日洗っていないからか、それとも私が手を出してはいけない領域に手を出してしまったからかわからないが、今までとは違う香りが私の髪から漂っていた。


「うまくいきそうだな」

「はい。彼女が言ったとおり風が強く吹いているようで、どんどん火の勢いが強くなっていきます」

「そうか」

「攻略に苦労したあの平原をようやく一掃できますね」

「ああ」


 目の前にいる銀髪の男と茶髪の副官さんのやりとりに、胸を撫で下ろす。とりあえず首の皮は繋がったようだ。


「リヒト、とりあえずこの女になにか飯でも与えろ」

「アサミさん、よかったですね。天幕に戻りましょう」

「あ、はい」


 銀髪男は私なんか見ず、あとは頼んだと丸投げして、どこか、べつのところに行ってしまった。銀髪男もとい、ゲラルトさんの相変わらずの態度に腹が立ったが、それでも生かしてもらえるだけでも、ありがたい。

 茶髪の副官さん、リヒトさんに付いていくと、天幕の中にはすでに食事が用意されていた。

 この世界に来てはじめて簡易的な椅子に座らせてもらえた私は、ふうとため息をついてしまう。


「いきなり首を刎ねろなんて言われて、生きた心地がしませんでしたよね」


 私の気持ちに気づいたのか、リヒトさんに穏やかにそう言ってくれた。


「はい、まったくです」

「すみませんね。ですが、我がライジーナ王国とウィンゼ王国の戦場のど真ん中に落ちてきたアサミさんを敵ではないと断言するのはできなかったからで」

「それはわかっていますよ。でも、さすがに首を刎ねろは言いすぎじゃありませんか!?」


 そう。私、佐野さの亜沙美あさみはもともとこの世界の人間ではない。地球という惑星、日本という国で気象学を研究していま大学院生だ。いつもと同じように、終電ギリギリまで居残って寝るためだけに戻った家から朝礼に間に合うようにダッシュで駅に向かっていたはずだ。

 肌寒い未明、道のど真ん中に落ちていたなにかに足を滑らせてからの記憶がない。

 ツッコミどころ満載だろうが、実際にそうなんだよ。

 できることならこの地球の文明と違う世界からさっさとおさらばしたかったけど、セオリーを踏むならば無理だろうと思っていたときに出会ったのが、ライジーナ王国の将軍であるゲラルトさんとその副官のリヒトさんだったのだ。

 リヒトさんのほうは最初からただの迷子だと思って助けてくれようとした一方で、ゲラルトさんにいきなり首を刎ねようとされた。


「それは仕方ないですよ。むしろ、本当に刎ねなかっただけ、よかったと思ってください」

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