第27話 家族

「あ! ミオ、それはクロトさんの分ですよ!」

「えー? いいよね、お兄さん?」

「ん? 俺は気にしないぞ」

「ほら」

「クロトさん! 甘やかさないでください! お客様なんですから、クロトさんをもてなすのは当然のことなんです! お母さんも何か言って!」

「ニフェルこそ、お客様の前で大声出していいのかしら?」

「うっ、それは……」


 それを聞いたニフェルは委縮したように肩をすぼめ、うつむきがちに席に着いた。と思いきや、恨めしそうに俺を見てくる。おい、俺は何もしてないぞ。


「でも……クロト、リニスさん? 聞いていたより、ずっといい人ですね」 

「お、お母さん⁉」

「いい人だなんて、過大評価ですよ」

「あら、謙虚なんですね。若いのに、すごいわ」


 ……おだてられてるのだろうか。俺はそんな褒められた人間じゃない。


「って、聞いていたより? お母さん、もしかして」

「ええ、まあ。……悪い噂は、やっぱり根も葉もないものなのね」

「……」


 ニフェルが言葉を失う。


 俺も、こんな一般家庭にまでうわさが広がってるとは予想外だ。冒険者はもちろん、それと関わる商人とかが知ってるのは、分かっていたんだけど。


「けど、誤解だった。ニフェルが会ってるって聞いて、最初は心配だったけど、あなた一度も、暗い顔はしてなかったものね」

「……うん、クロトさんは悪い人じゃないよ」


 あの、本人の前で言うのやめないか? 恥ずかしいんだけど。いや、褒めてくれるのは全く嬉しくないわけでもないんだけどさ。


「お兄さんいい人! ミオにご飯くれる!」

「いや、作ったのはミオのお母さんだぞ?」

「えー? だって姉ちゃんはくれないよ?」

「ミ、ミオ!」

「まあまあ、喧嘩はやめなさい?」


 これが、いつもの光景なのだろうか。だとしたらニフェルの家はずっと賑やかなんだろうな。


「なんか、いいな」


 呟いて、ハッとする。自覚はなかった。思わず零れてた。


「ねえ、クロトさん」


 名前を呼ばれて、思わずニフェルを見る。


「もしよかったら、これからもご飯を一緒に食べませんか? ミオは喜んでくれてますし、お母さんも、最近お父さんの分まで、作りすぎちゃうもんね?」

「うん! ミオ、お兄さん好きだよ!」

「ふふ、確かにそうね。あの人最近夜が遅いから、外で食べてくることのほうが多いのに」

「……」


 俺、多分嬉しいと思ってる。胸の奥が熱くなって、自然と頬の筋肉が緩む感覚。自分でも一人を寂しいと思ってるって気づけなかった。分からないものなんだな、そういうのって。

 ニフェルは、俺に気づかせたかったんだろうか。いや、そこまで考えてるわけないか。


「なら、お言葉に甘えさせてもらうとするか」


 とりあえずそう思っとく。なんでも見透かされると思うと、ちょっと癪だしな。


「はい、そうしてください。仕方ないので面倒見てあげますから」

「なんで上から目線なんだよ。ニフェルが誘ってきたんだろ?」

「でもご飯を食べさせてあげるのは私たちです。それに、クロトさんは根っこの性格が上から目線なんです。ちょっとくらい見上げてみてもいいと思います」

「性格だぁ? 俺、別に普通だと思うけどな」

「そういうとこですよ。自覚がないから厄介なんです」

「自覚がないことを直しようがないだろ?」


 うっかり始めた口論は、終着点を見失って迷走し続ける。それを横から、クスクスと笑われている。気づいて、少し恥ずかしくなって、しかしニフェルがやめないのでこちらもやめるわけにはいかない。こいつに負けるのは納得いかない。


「大体、クロトさんは無茶しすぎなんです。いつでも自分ばっかり犠牲になろうとして」

「犠牲になろうとなんてしてねぇよ。別に命が惜しくないわけじゃない」

「なら、無駄に心配させるのはやめてください。行き過ぎると面倒見切れませんよ?」

「頼んでねぇよ」

「心配してって頼む人はいませんし、頼まれて心配するなんて無理です」

「はいはい、そういうことにしとけばいいのな」

「そもそもですね――」


 ……見られてんだよなぁ。止めるでもなく微笑ましげにされるとなんかこそばゆい。なるほど、ニフェルとミオの言い合いは、見られている側はこんな気持ちだったわけか。ニフェルが恥ずかしそうにしてたわけが分かった。


「こらこらニフェル、そろそろ止めなさい? クロトさん、まだあんまり食べれてないのよ?」

「ふぇ? あ、ああっ、す、すみません! ク、クロトさんはご飯に集中してください!」

「言われなくてもそうするよ。残すわけにもいかないし」


 ほんと、どうしてこうかね、俺は。


 もう少し素直に何かを言えたら、素直に思えるようになれば、もうちょっと楽なんだろうか。


 ……そうだな、一つ試してみよう。今ふと思った、確かな本音を言ってみる。


「なあ、ニフェル」

「な、なんですか。早く食べちゃってください」

「それはそうなんだが。……明日、暇か?」

「私ですか? そりゃまあ、暇ですよ」

「なら、一緒に来てほしい場所がある」

「ふぇ?」


 すっ、と心が軽くなる。言いたいことを言えたから、だろうか。

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