第25話 お誘い

「ここが私の家です」


 俺の住んでいるところからは歩いて30分ほど。商店街に近い、人気の住宅街の一角だった。

 家は一軒家だ。最近増えてきた魔導土製の2階建て。全体的に白色で、夕日が沈みだした今でも明るい雰囲気をまとっている。その明るさは、もしかしたら窓から差し込む灯りのせいなのかもしれない。


「お父さんはそこの商会の部長さんで、お母さんは専業主婦です。妹が1人、お姉ちゃんが1人。お姉ちゃんは一人旅をしているので家にいませんね。お父さんもまだお仕事かもしれません」

「えっと、どうして急にそんなことを?」


 聞いてもないことをつらつらと語りだしたニフェルを見ると、何かを期待するように遠くを見ながら、小恥ずかしそうに身をよじらせていた。


「その……今晩、一緒に夕食どうですか?」

「は?」


 答えるよりも早く、ニフェルが手を引いた。油断していて、足が絡まりそうになった。何とか持ち直そうとするころには、ニフェルが開いた扉をくぐってしまっていた。


「あらニフェル、お帰りなさい。……と、そちらの人は?」


 家に入ってすぐ、女性が出迎えた。ニフェルの母親だろう。ニフェルと同じ桃色の髪と桃色の目。背中半ばまでの髪を緩く巻いた、エプロン姿の人だ。ニフェルに似て童顔で若々しい。30代前半だろうか。

 不思議そうな目でこちらを見つめていた。


「この前言った、ペアパレードのペアの……」


 横から肘打ちをされる。なんだよとみてみると、顎で母親のほうを差した。自己紹介しろということらしい。


「クロトリニス・ファリア、20歳。初めまして、ですかね」

「まあ……ご丁寧にどうも。ニフェルの母のリア、と言います。娘がご迷惑をおかけしたみたいで、申し訳ありませんでした」

「いやまあ、そこらへんは。……頭を上げてください、下げられても困ります」


 そういえば、俺のところにニフェルを派遣したのは母親という話だったか。

 申し訳なさそうに口を結んで頭を下げられて、思わず動揺してしまった。


「ですが……」

「冒険者なら怪我は付き物、承知の上っすからね。むしろ、ここ数日いろいろとご馳走になっちゃいましたし」

「お詫びとしては、少なすぎるくらいかと。……それで、本日はどうして家に?」

「それは……」


 ニフェルを見る。別に俺は何か目的があったわけじゃないからな。むしろ、連れ込まれたという表現が正しいくらい。

 ニフェルもそれくらいは分かっているのだろう。リアさんに説明してくれた。


「今日は、クロトさんに家でご飯を食べてもらおうと思って。いろいろお世話になったし、今日は夕食の用意がないと言っていたから。突然だし、食べ物が足りないなら私が買ってくるからさ」

「いえ、1人分増えるくらい何の問題もないけど。クロトさんはそれでいいの? うちの子が無理強いしてない?」

「うっ」


 隣で小さく声が聞こえた。見れば、肩を縮こま背ているニフェルの姿。まあ、図星だからな。


「……遠慮は、したんすけどね。どうしてもと言われたから。まあ、そちらがいいなら」

「それはもう、もちろん。食卓は賑やかなほうがいいもの。さ、立ち話もなんだし上がって。ちょうど支度が終わったところだったのよ」


 リアさんはそう言って微笑み、元来た扉に戻っていった。


「ふぅ、よかったです。クロトさんも、話を合わせてくれてありがとうございます」

「ありがとうってお前……俺がとっさに合わせられなかったらどうするつもりだったんだ」

「その時はその時です」

「適当なこった。……で、どこに行けばいいんだ?」

「ダイニングはこっちです。妹がいるはずですから、仲良くしてあげてください」

「いやまあ、それくらいはいいんだが……ニフェルお前、結局何がしたいんだ?」


 俺は流れに乗せられて、どうやら夕食を一緒に食べることになったようだ。ありがたい限りではあるのだが、一緒に食べる理由は分からない。


「お母さん、どういうわけか冒険者になることは許してくれたのに夜遊びはダメ、っていうんですよね。ダンジョン初日の時だって、ちょっと怒られたんですよ? お仕事なのに。そういうわけで、夜ご飯を一緒に食べていたら日が暮れると思い、今日は一緒に食べようと思ったわけです。ここでなら許してもらえますからね」

「あー、なるほど?」


 なんだか根本の説明にはなっていないような気がしたが、まあいい。どちらにしても食事をふるまってもらえるというのなら、甘えさせてもらおう。


 味がいいのは確定してるしな。

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