第17話 慣れない光景

 夢を、見た気がする。

 5年前、初めてダンジョンに潜ったときの夢だ。


 冒険者人生初めてのダンジョン探索は、ペアパレードと重なった。ひとりで冒険者になった俺にとって都合がよく、特に、Fランクからのスタートだった俺は、高ランク冒険者とペアを組むことが出来ると聞いていた。

 当時の俺は指揮オペレーターを生業としていた父の教えを受け、免許皆伝を貰ったばかりだった。実戦経験はなく、適度に刺激があり、経験になりそうな機会に出会えて幸運だと思っていた。

 

 そして、俺はあの人に出会った。


 そんな場面までの、夢を見た気がする。


「……そういや、あの時は1日で終わったんだったか」


 ベッドの上で仰向きになりながら呟く。


「2日もった今回は、前より良かったのかもな。次のペアパレードがあったら、3日は持つんだろうな」


 零れた笑みの力なさに、思わずため息が出た。時計を見れば、昼の11時。また、寝すぎたらしい。


「なんか買いに――」

「あ、クロトさん、おはようございます」

「――……なんでいる」


 思わず目を細めた。寝ぼけて幻聴が聞こえたわけではなさそうだ。寝室の開け放たれた扉から、ニフェルが顔を覗かせている。エプロンを付けたその姿は、あたかも、ここにいるのが当然かのように。


「いいじゃないですか、減るもんでもありません」

「お前が泥棒だったら色々減るだろ」

「減るようなもの、なさそうですけどね」

「……」

「家の中、なんにもないんですね」


 体を起こして、部屋を見渡す。ベッドの他には、作業机がある。けれどそれだけ。床にも机の上にも、何もない。クローゼットの中に服くらいあるが、本当に、それくらい。


 どの部屋も、似たようなもの。


「ご飯、用意出来てます。ちょっと冷めちゃってると思うんで、温めておきますね」


 何かを聞く気力は、湧かなかった。

 まだ、体のだるさは抜けきっていないらしい。それとも、寝すぎた反動だろうか。


 体を起こす。ほんのり漂って来る香ばしい臭いは、肉だろうか。つられたわけではないが、興味が湧いてキッチンへ直行する。


 そこでは、切り揃えられた方半ば程の桃髪が揺れている。今日も髪は結んではいないらしい。

 最近の温かい気温に合わせた薄手の私服。白のトップスと深い桃色のスカートは、ニフェルの低い背丈とも相まって幼さを助長させる。その上から付けた茶色のエプロンからは、他の服には無い年季を感じる。おさがりだろうか。


「ニフェル、何してる」

「あ、早かったですね。豚のお肉を買って来たので、とりあえず焼こうかと。難しい料理は出来ませんが、塩コショウの味付けくらいは出来ますよ」


 一瞬振り返り、得意げに笑ったニフェルは、またすぐにフライパンへと視線を戻す。


「いや、そうじゃなくて……」

「どうして家に上がっているのか、と言うお話しでしたら、私を責められないと思いますよ。クロトさん、家の鍵開けっぱなしでしたから。その上寝てるんですもん。不用心で仕方ないです」


 まったく困った人です、なんて呟いて、ニフェルは料理をする手を止めることも無く、黙々と作業し続ける。


「ああ、ニフェルは知らなかったのか」


 思わず口にしていた。言わなくてもいいと思った言葉を、思わず。不味いと思って踵を返して、その背中に投げかけられる。


「へ? 何のことです?」

「……何でもない」


 振り返りたくなくて、それだけ言って立ち去った。リビングのソファに横になって、思わずクッションを殴りつけた。どうしようもない怒りが湧いて来て、叫びたくなる。


 知らなかった。ニフェルは知らなかったんだ。知った上で接してくれていたわけじゃない。俺の悪評も、ちょっと聞きかじった程度。いや、当事者じゃないなら知らないのも当然だ。誰もが耳を貸したがるような話じゃない。


「そうあることを、知らないうちに期待していたのか、俺は」


 馬鹿だ。そんなはずはない。知らないことは知らないままでいたほうがいい。知ってしまえば触れたくなくなる。分かりきっていたことのはずだ。

 それとも、気付かないふりをしていたんだろうか。


「どこまで行っても弱いんだな」


 こんな言葉でさえ、聞いて欲しいと思っている。聞かれて、慰めて欲しいと。この軟弱さが、今の結果だというのに。


「クロトさん、準備が出来ましたよ。って、また寝てる……。起きてください。ご飯ですから。寝すぎると体に悪いですよ」

「……分かった、すぐ行く」


 重たい体を無理やり起こす。動きたくないと力む体に無理を言わせてダイニングへ向かう。

 ダイニングではちょうど、ニフェルが食器を並べているところだった。机の上には焚かれた米と、焼かれた肉が見える。

 そんなニフェルが不意にこちらを見つけ、小首を傾げた


「どうかしましたか? まだ具合悪いんですか? 顔色悪いですけど」

「いや、大丈夫だ」

「無理はしないでくださいね。出血だって多かったんです。すぐに元に戻るような怪我じゃなかったんですから。とりあえずご飯を食べて、元気になってください」

「……」


 分からない。

 自分の席に座ろうとする中、頭の中を反芻する。


 ニフェルがどうして、ここまで俺に優しくするのかが、分からない。何か理由があるはずだ。


 それとも、憐れみを抱かれているとでも言うんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る