第11話 異変
「クロトさん、こっちです!」
少し進むと、ランタンを持ったニフェルが顔色を変えて立っていた。小刻みに肩を揺らし、瞬きを忘れたかのように目を見開いている。
「どこだ。誰にやられた」
「ここにいますけど、誰にやられたかなんて、そんなの……」
ニフェルの右手は杖を握り締め、左手は右腕を抱いている。俺を一瞬見た後、目は伏せられ、地面を見下ろす。
足が震えているのは、寒さのせいじゃないはずだ。
そんなニフェルから視線を外して、その足元を見る。
血だまりが、出来ていた。
ニフェルが後退りしたのだろう。引きずるような血の跡が、ニフェルの足元に続いてる。
死体は、2つ。片方は壁に背を預け、片方は手を伸ばした姿勢で地面に倒れている。壁に背を預けたほうは首から上がなく、地に倒れたほうは、背中が骨まで露出している。
一目見ただけで死んでいると判断できるような状態。
「……爪よりは、牙って感じだな。そこらの小物じゃない、大きな魔物だろう。ここに、いるはずの無い」
こんな牙を持っているのは獣型の魔物だけ。そしてやつらの強靭な肉体は大量の魔力があってようやく構成されるものだ。つまり、こんな浅い階層にいるはずの無い魔物。
おそらくは、俺たちには勝ち目がない敵だ。
「こいつらが死んでからそう時間はたっていないはずだ。近くに危険な魔物がいるかもしれない。先に進むにしても、ここは迂回するべきだろう」
「わ、私も、それがいいと思います。……ここは、嫌な臭いが充満してて」
ニフェルは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるようだ。呼吸は整い、身体の震えも小さくなっている。血だまりから足を浮かし、こちらに向かって小さな歩幅で歩きだす。
覇気のない声は、否応なく恐怖感を伝えてくる。
それを見て、俺の心の波は一層静まる。人と言うのは皮肉にも、自分よりも感情を揺さぶられている人が近くにいると、落ち着けるものらしい。
ひとまずもと来た道を引き返す。地図を取り出してマッピングをしつつ、周囲の警戒を怠ることはない。
状況を正確に把握するために多少の寄り道をしながら2階層へ続く階段を探す。
土臭さとひんやりとした空気、そしてわずかな鉄の香りの中を進む。
「ギルドにこの事を報告する。ルートを記録して、それから……? おい待て。ニフェル、足は拭いたか?」
「……え? 足?」
ニフェルは遅れて返事する。聞いていなかったというよりは、頭の中が空っぽで、言葉を処理するのに時間がかかったという感じ。まん丸に見開かれた眼をこちらに向けながら、小首を傾げる。
そしてそのまん丸な目を、そのまま足元に向ける。ランタンに照らされたニフェルの靴は、赤く染まっていた。
一瞬、背筋が凍る。あとから考えれば、それは第六感ってやつなんだろう。もしくは、殺気を感じ取ったのか。
どちらにしても、俺はその時感じ取ったものに、感謝しなくてはいけないのだろう。
「きゃっ!?」
体が動いてから気付いた。ニフェルの体を抱き抱えて跳び、それに驚いたニフェルが声を上げてから、俺がニフェルを庇ったのだと悟った。
背中に鋭い痛みが走り、背中に熱くべっとりとした液体が流れてから、攻撃されたのだと理解した。
「っ、ニフェル! バフをよこせ!」
「え? え、えっ?」
ニフェルは岩肌を背にし、俺に挟まれた形のままで困惑する。そりゃそうだ。突然俺に抱き着かれ、壁に押し付けられてるんだから。だが、それどころじゃない。
「いいからバフを!」
「っ……
ニフェルが叫ぶ。それと同時に全身に魔力が走り、確かに肉体が強化されるのを感じる。外界との境目が明らかになって、一層背中の痛みが増す。空気に触れる傍から電撃に撃たれたように痺れた痛みが走る。
歯を砕くつもりで強くかんで、壁を叩いて振り返る。
殺気は、そこまで迫ってる。
ようやく振り返る。逆立ちしても勝てないような敵に、背中を向け続けるのは、いくら防御力が上がってたって本能が嫌がる。鳥肌が立ってどうしようもなくなる。
後ろを取られるのは、嫌いだ。
「
鉄の味がする。痛みが広がって、頭痛になって、腹痛になって、手がじんじんと痺れて、思うように動かない。まるで自分のものでないかのように。それでも、無理やりにでも体を動かす。
引き抜いた剣の先端に、意識を集中させた。ここからが、本番だ。
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