第36話 少女A、または魔王

 残るは會長のハシモと数名の構成員のみだ。

 ソウヤ君とモノコさんを救出した以上、戦う理由はない。

 だけど私の生徒を拉致しておいて無傷で済ませるわけにはいかなかった。


(本当に何年経っても探索者ってのは……)


 過去を振り返りつつ、私は土蜘蛛會の面々に視線を這わせた。

 構成員達がジリジリと下がる中、ハシモだけが私を歓迎するように両手を広げる。


「いやぁ、素晴らしい。十年前に引退したってのに、その強さは天井知らずだ。マオきゅん、なんで引退して教師なんかやってるの?」

「あなた達に話すつもりはないわ」

「またまたー。そんなに強いってことは今も密かに鍛えてるんでしょ? 実は未練あったりして?」

「それは違うわ」


 私が少しずつ近づくと一人の構成員が恐怖を堪えきれずに向かってきた。

 床に突き立ててあったたオーバーメイデンを引き抜いて構える。


「遅すぎる」


 レイピアの刺突を私の大鎌が止める。

 オーバーメイデンで回転させてレイピアを弾くと、ガラス細工みたいに破片を散らせて折れた。


「オ、オレの武器が!」

「武器破壊効果、久しぶりに発動したわね」


 私の一言ですべてを察した構成員の一人が道を開けてくれた。

 構成員達はもう誰も私に向かってこない。

 土蜘蛛會はただ一人を除いて完全に戦意を喪失したみたいだ。


「マオきゅんさぁ。マジでなんで探索者やめちゃったの?」

「同じ答えを返してほしいのかしら?」

「いや、答えてほしいんだよ。それはハッキリ言って持て余しちゃいけない力さ。白夜帝国はそういう連中を寄せ集めてできたんだからね。わかる?」

「そう、まったく興味が持てない話題ね」


 素っ気なく反応してみたけど、私も最近の探索者界隈の事情は知っておくべきだ。

 特にこの白夜帝国は探索者ギルドと呼ぶにはあまりに大きすぎる。

 だって白夜帝国の一部でしかない酒呑會が繁華街で国家権力を押さえて牛耳っているんだから。


「そうかぁ。でもね、マオきゅん。知らないことがあるってのは案外怖いもんだよ。例えばその心器、もしかして選ばれし者達だけが発現させられるとか思ってない?」

「……だったらなに?」

「アッハハ! わかってて聞いてるって丸わかり~! それって不安の表れなんだよ、マオきゅん」


 ハシモの片手に紫色の粒子が集中して、一本のナイフを形作った。

 蛇が巻き付いたような形状の毒々しいナイフを、ハシモは空中に投げてからキャッチする。


「白夜帝国の會長の座につける条件、それは心器の発現だよ。わかる?」


心器:ヒュプノスエッジ

効果:相手の毒耐性を下げたものとして攻撃できる。

   ダメージを与えた相手を高確率で毒状態にする。


・ヘルバイパーの魔石 市場価格:約70万円

 毒状態の相手に対してクリティカル率が上がる。


・マドクガエルの魔石 市場価格:630万円

 毒状態の相手に追加でダメージを与える。

 毒状態の相手を高確率で麻痺状態にする。


・ベノムドラゴンの魔石 市場価格:2000万円

 相手が毒状態の時、一定確率で『死毒の悶絶(毒属性大ダメージ)』が発動する。

 相手が毒状態の時、一定確率で混乱状態にする。

 相手にかかっている状態異常の数が多いほどダメージが上がる。


「じ、心器だって!? それってマオ先生以外も出せるのかよ!」

「あーーわわわ! マ、マオ先生、大変デス……!」


 心器は探索者を極めし者の証、それは十年前の常識とハシモは言わんばかりだ。

 私が現役だった頃は心器持ちなんてほとんどいなかった。

 白夜帝国の會長は全員が心器持ち、たった十年で探索者界隈もずいぶんと様変わりしたというわけか。


「おいおいおい! あいつ、びびってんぜぇ!」

「そりゃそうだ! ハシモさんクラス……それも心器の発現者なんて、滅多に出会えるもんじゃねぇ!」

「おーい! 少女A! 今からでもハシモさんに頭下げときゃ傷も浅く済むぜぇ!」


 モブの構成員が息を吹き返したようにイキり始めた。

 自分達は戦おうともせず、ボスに頼り切りか。


「……反吐が出るわ」


 オーバーメイデンを振るうとハシモが後退した。


「あっひっひひ! 怖い怖い!」


 ハシモが軽快な動きで私の攻撃を回避しつつ、心器で斬りつけてきた。

 鎌を回転しつつ捌き切って、ハシモの攻勢は止まらない。

 鎌とナイフじゃリーチが違うけど、ハシモの顔から焦りは見えなかった。

  

「届かないねぇ! 強い強い!」

「確かにあなたは探索者の中でも上澄みの実力者ね」


 それは私の素直な感想だ。

 ハシモの動きには一切の無駄がなくて、それは一流の頂に手をかけているといってもいい。

 鎌のリーチで寄せ付けない私にハシモは手数で攻め立ててくる。

 

「マオ先生!」

「お、押されてないデスよね!?」


 私を心配する生徒達の声を聞いて、私は己を奮い立たせた。

 何を迷う必要があるのか、と。


「こりゃ埒が明かないねぇ! だったらリキオきゅんから返してもらったこれをセットするよ!」


 ハシモが心器にセットしたのはあの魔石だ。

 市場価格が一億を超える代物、あれはハシモのものだったわけか。


 ・裂腕獣アゴンの魔石 市場価格:1億1400万円

 攻撃力が常時2倍になる。敵のすべての耐性が下がったものとして、ダメージを与えられる。


「んんんーーーううぅーー! きぃんもちいいぃーーーー!」


 ハシモのパワーが段違いに上がって、オーバーメイデンで攻撃を受けた時にズシリとした重みを感じた。


「よっしゃあぁ! 少女Aが押されてるぜ!」

「さすがハシモさん! 伝説なんか目じゃねぇ!」

「やっぱり白夜帝国最強は土蜘蛛會だぁーーーー! ううぉーーー!」


 モブ達が大盛り上がりで、酒盛りでも始めるのかと思うほどだ。

 うるさくて下品で聞くに堪えない。


「そらそらそおぉぉらぁーー! マオきゅん! マオきゅん! 届いちゃうねぇ!」


 ハシモが攻撃の回転数は最高潮だ。

 ぶつかる金属音が絶え間なく鳴り響いて、そんな中で私は冷静にハシモを見据えた。


「……一発でも当てたら満足とでも?」

「はっ……?」


 ハシモの顔面にオーバーメイデンの柄を勢いよくぶち込んだ。


「ぶぎゃあぁッ!」


 ハシモが歯を飛び散らせて構成員達の中に突っ込む。

 巻き込まれた構成員達が下敷きになって、なんともマヌケな光景だ。


「あなたが心器にセットしている魔石からして、すぐにわかったわ。私に毒でも入れさえすれば、芋づる式で状態異常にさせられる。それで勝ちとでも思ったんでしょう」

「あ、あは……さっすがぁ、そうだよ。あー、歯が折れちった……」

「効かないわ」

「へ?」

「私に状態異常は効かないの」


 アジト内に静寂が訪れた。

 何を言ってるのか、誰もがわかってない様子だ。


「子どもの頃にダンジョン内で嫌と言うほど凄惨な仕打ちを受けてね。そのせいであらゆるものに対する耐性ができたの」

「ウソをつくなよ……そんな人間がいるわけない」

「あなたが武器にセットしている魔石……ベノムドラゴンの毒だって受けたことがあるわ。毒以外の状態異常も駆使してなかなかの相手だった」

「ウソをつくなっつってんだろッ!」


 ハシモが心器を投げナイフのようにして放った。

 私はあえて腕で受けて、心器を刺したまま見せつける。


「……ね? だから予め教えておいたほうが親切だと思ったの。そうじゃないと、ようやく当てたのにあなたが絶望するはめになるもの」


 ハシモが言葉を失って、尻餅をついたまま下がり始めた。

 自慢の状態異常が効かないとなれば、もう打つ手がないから当然だ。

 私は心器を腕から抜いてハシモの足元に投げて転がした。


「さ、続けましょう」

「……んのやろあぁーーーーーーッ!」


 ハシモが心器を持って突撃してきたと同時にオーバーメイデンをスイングした。


「げぁッ……!」


 オーバーメイデンが心器を砕いて、勢い衰えずにハシモを真正面から斬った。

 ハシモは無事に血を噴き出したまま倒れてくれる。

 周囲の構成員達は倒れて動かなくなったハシモを見て、足腰に力が入らなくなったみたいだ。


「ハ、ハ、ハシモ、さん?」

「一撃なんてウソだよな……?」

「しょ、少女A……人間じゃない……あれは……」


 私はオーバーメイデンを消してから、ソウヤ君とモノコさんの肩を抱いてアジトを出た。

 その際に構成員の一人の呟きが耳に入る。


「魔王……」


 人聞きの悪い異名を耳に残したまま、ソウヤ君とモノコさんへの説教内容を考えていた。

 といっても半分くらいは私の責任だから、あまり強くは言わないようにしよう。

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