第13話 下水ダンジョン 2

「うおおぉぉーーー! なんかパワーが漲ってくるような!」

「やる気が出てきたぁ!」


 下水道ダンジョン内で生徒達がいきなり大声を上げた。

 何事かと思ったら、ソウヤ君の様子がおかしい。

 体が淡く黄色く光っていて、やがてパッと下水道内を照らす。


「オレの体に何が起こった!?」

「おめでとう。スキル昇華したわ」

「今のがそうなのか!」

「ソウヤ君の歌や踊りは皆に活力を与える。より詳しい効果は検証してみないとわからないけどね」


 今のは体内の魔素が固まってソウヤ君のものになった証拠だ。

 これがスキル昇華、こうなれば一つのスキルとしてダンジョン内で機能するようになる。

 それにしてもこんなにも早くスキル昇華するとはね。


「あややや!? ワタシの体も!」

「モノコさんもスキル昇華?」


 同じくモノコさんもスキル昇華して、迫ってきた黒虫が罠で爆散した。

 黒い皮がひらりと落ちたところで私が拾い上げて、モノコさんに渡す。


「おめでとう。さっきの爆竹みたいな罠とは明らかに威力が変わったわ」

「こ、こんなにさっしょーりょく抜群になるんデス?」

「だから探索者は強いのよ。気分はどう?」

「なんだか生まれ変わった気分デス!」


 モノコさんがぴょんぴょんと跳んで大はしゃぎだ。

 ソウヤ君に続いてモノコさんがスキル昇華か。

 正直に言うと、もっと時間がかかると思っていた。


 スキル昇華はそれに対する思い入れや練度が高いほど成功しやすい。

 つまり二人はそれだけダンスや工作に熱中していたということになる。

 ソウヤ君なんか趣味程度と言っていたけど、たぶんかなりの時間を費やしているはずだ。


「モノコ、服が破れているわ」

「アレサ、どうもあり……」


 自分の罠で損傷したモノコさんの服をアレサさんが気にかけた。

 それから常備していた裁縫セットで修復すると、こちらもスキル昇華。


「わ! 一瞬で服が直ったデス!」

「こ、こんなに? なんだか不思議な感覚ね」


 ダンジョン内における武器や防具の損壊はバカにならない。

 深い階層で損壊してしまうと洒落にならないケースがあるため、一流の探索者ほど生産系のスキルを軽んじたりはしない。

 魔物の中には意図的に破壊を狙ってくるものもいるから尚更だ。


 まさか立て続けに三人もスキル昇華するとは思わなかった。

 まぁこんな偶然もあるにはあるか。


「ううおぉーーーーー! クッソォーーー!」


 ふと見るとゴウスケ君が複数匹のゴキブリ、じゃなかった。

 黒虫を相手に体を張って耐えている。

 いくらなんでもあれは抱え込みすぎだ。


「ゴウスケ君!」


 私が叫ぶとゴウスケ君の体が光った。

 え、まさかスキル昇華?


「ふぅぅぐうぅぅーーー!」

「た、耐えてる……」


 しかもそれだけじゃない。

 彼は黒虫達を完全に押さえ込んでいた。

 あれはいわゆるタンク役、壁役とも言う。


 かなりの忍耐力が必要で、これも戦闘系のスキルの中では重宝されていた。

 敵を引き付けることができれば、アレサさんみたいな後衛にいる生産系の探索者を守ることができる。

 何も得意なことなんてないと言っておきながら、ちゃんとあったみたいだ。


 私がゴウスケ君の前にいる黒虫をまとめて倒すと、ようやく呼吸を乱して休んだ。


「ハァ……ハァ……あぁ、しんど……」

「ゴウスケ君、やるじゃない。さすがケンカ屋みたいな身なりしてるだけあって、根性があるのね」

「ケ、ケンカったってオレはひたすらボコられているだけだったからな……。レンやアヤネと違ってよ……」


 ゴウスケ君の横からスッと何かが差し出された。

 メクさんがタオルを持っている。


「あ、あの、これ……」

「え? あ、あぁ、さんきゅ……」

「それじゃっ!」


 まさかこの私が気づけなかったなんて。

 それにさっきからあのメクさん、皆にタオルを渡して回っている。

 この戦いの中、魔物どころか私に見つからずに?


「わっ! なんか、なんか光って……」


 そしてメクさんもスキル昇華した。

 だけど今回はどんなスキルなのか、私にもわからない。

 こんなこと初めてだ。


「メクさん、スキル昇華したみたいだけど何か自分の中で変わったと感じる部分はある?」

「うーん……特に……。ただ必死に走り回っていただけなので……」

「そのタオルはまさか自腹?」

「は、はい。だって私なんて別にできることありませんし……」


 メクさんの手元を見ると、何枚かのタオルがあった。

 更にカバンの中にも何枚かあるのかもしれない。


「メクさん、そのタオルはいつ買ったの?」

「昨日の帰りです。私にできることなんてこのくらいなので……」

「そのタオル代は私が出すわ」

「え! いいんです! 私にできることなんてこのくらいですから!」

「そんなものを自腹で買わなくても、メクさんは役に立てるわ」


 私は財布からお金を取り出してその手に握らせた。

 いじめられ続けてきたせいで、誰かに何かをしないといけない性分になっている可能性がある。

 それに伴ってあの足の速さと抜け目のない行動、メクさんこそ珍しいダンジョンスタイルを確立できそうだ。


(他の生徒達も戦いの経験を積むことで少しずつ慣れ始めている……。でもあの子はどうしたものか)


 アヤネさんはまだ一人動かずに壁に寄りかかっていた。

 彼女に渡した武器はグローブとブーツだけど、身につけずに手にもったままだな。

 何か言ってあげたいところだけど、こればっかりは――。


――カサカサッ!


「あ……」


 アヤネさんに黒虫が忍び寄った。

 まずい、助けないと――。


「アヤネさん、危ないっ!」

「え……?」


 メクさんが飛び出して黒虫の前に立ちはだかった。

 そして見事に突き飛ばさて、アヤネさんの前に倒れてしまう。


「い、いたたた……」

「メクさん!」


 私が黒虫に飛びかかって瞬殺、すぐにメクさんの状態を確認した。

 黒虫は初心者にうってつけの相手だとは言っても、まともに攻撃を受ければ怪我くらいする。

 メクさんのほうはというと、幸いそこまでのダメージにはなっていなかった。

 見た感じ、当たり所がよかったな。


「メ、メク……あんた、何をして……」


 メクさんは床に座り込んだまま、我に返ったようにハッとなった。


「あ、あ……す、すみま、すみません……つ、つい……」


 アヤネさんから逃げるようにしてメクさんが立ち上がって離れていく。

 メクさん、私より先に動いた?

 しかも黒虫の体当たりをまともに受けたのに、大したダメージになっていない。


 たぶん無意識のうちによりダメージが低くなるような防御姿勢を取ったんだと思う。

 それでいて常に他人を怒らせないように周囲を観察していたんだ。

 機嫌を損ねないように、殴られないように。


 それはずっといじめられてきたからこそ身に着いた防衛本能が成せる業だ。

 実はメクさんはこの学校に入る前にいじめられていたと部屋で話してくれた。

 皮肉にも、それがアヤネさんを助ける結果になるなんてね。


「メク……」


 アヤネさんは思うところがあったんだろう。

 私が渡したグローブをぎゅっと掴んだ。

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