第11話 ダンジョンスタイル

 二時限目が始まり、私は宿題を集めることにした。

 本当はダンジョン実習を行いつつ、解説を交えるつもりだったけどアヤネさんのダメージがある。

 今日のところは教室内での座学に予定変更だ。


「では皆さん、昨日配ったプリントを集めます」


 私は生徒達から回収したプリントを軽く眺めた。

 パッと目についたのがモノカちゃんが提出したプリントだ。


名前:倉部 モノコ

得意なこと(複数可):

工作、絵描き、漫画、ゲーム、読書、昼寝


(まぁ見た目通りね)


 提出したプリントにはこういったものが書かれている。

 普通は一人ずつ自己紹介をしてもらうところなんだけど、私はピンポイントでこれが知りたかった。

 なぜならこれはダンジョン探索においてものすごく重要なことだからだ。


名前:三笠 ソウヤ

得意なこと(複数可):ダンス、カラオケ、ゲーセン、ライブ、麻雀


名前:橘 アヤネ

得意なこと(複数可):ケンカ、仕切ること、イキった奴をボコすこと、抗争


(へぇ、ダンスね……。アヤネさんは……戦闘民族すぎるわ)


 私はトントンとプリントを教卓の上でまとめた。


「はい、大体わかりました。あなた達がここに書いたこと、これが皆のダンジョンスタイルになるわ」

「ダンジョン……スタイル? マオ先生、これがダンジョンでどう役立つんだ?」

「ソウヤ君、あなたは得意なこととしてダンスやカラオケと書いたわね。あなたにはこれらを磨いてもらうわ」

「ど、ど、どーいうことだよ!?」


 ソウヤ君が困惑して頭を両手で押えた。

 私は続けてモノコさんのプリントを手に取る。


「モノコさん。あなたは工作の腕を磨きなさい。あなたが初日に私に対して仕掛けたトラップ、あれは大きな武器になる」

「あ、あれは悪戯用に作ったものデスよ! 魔物に効くんデス!?」

「磨けばね。ダンジョンスタイルはそれぞれの個性や特技を活かして初めて完成するの。モノコさんは直接戦闘を避けてトラップを張って立ち回るスタイルね」

「はぇーー、それがワタチのダンジョンスタイル……でもソウヤ君は?」


 ソウヤがうんうんと頷いている。

 確かにダンスでどう戦うのか、イメージがつかないのは当然だ。


「例えば舞いながら魔物を切り刻む……といえば想像がつくかしら? 有名なA級探索者、ソードダンサーの異名を持つ人がいるのよ」

「そ、そーいう感じィ!? いやいやいや! オレのダンスなんて素人の自己満足だぜ!」

「それかダンスと歌で周囲を鼓舞するスタイルもいいわね。サポート寄りの動きになるけど、これはこれで強力よ」

「それをどうやってスキルってやつにするんだ? オレにはマオ先生みたいな超人的な力はないぜ?」

「まずはダンスと歌を普段から練習して。別にプロ級の実力じゃなくてもいいの。そしたら後はダンジョンで使い込めばスキルとして昇華されるわ」


 教室内は半信半疑というか、なに言ってんだこいつみたいな顔がちらほらある。

 こればっかりは実際に見てもらわないとなかなかイメージできないと思う。

 だからできればダンジョンでやりたかった。


「ダンジョンというのは特殊な空間なの。空気中に魔素という微粒子が漂っていて、人はそれを空気と一緒に取り込む。そうすると体内で魔素が個人に合わせて独自に形成されて、スキル化して体に浸透するの」

「あ! つまりダンジョンで特技を使っているうちにピコーンって閃くわけデスね!」

「そう、モノコちゃんの言う通りよ。更にスキルは使い込むほど強力になる。もちろん成長速度には個人差があるけどね」

「ワタチもピコーンしたいデス! せんせー! ダンジョンにいくデス!」


 そうしたいのだけど、と思うけど打撲箇所にガーゼを張っているアヤネさんが視界に入った。

 ちょうど目が合って、気まずそうに俯いてしまう。

 さっきのこともあってすっかり元気がないな。

 自分でやっておいてなんだけど、ちょっとやりすぎたかもしれない。


「ピコーンは明日よ。この場で一人ずつダンジョンスタイルの提示をしておきたいからね」


 私は全員分のプリントに改めて目を通した。

 思った以上に得意なことが書かれていない子が多い。

 全体の半分以上を占めるのはちょっとまずいかな。


「ゴウスケ君は得意なことは何もないの?」

「そんなもんねぇし……あったら、こんなとこにこねーよ」


 初日に出席確認をとって返事をしてくれなかった阿久津ゴウスケ君がふてくされる。

 いかにもヤンキー風の見た目に反して、ずいぶんと弱腰だ。


「アレサさんも書いてないわね。本当にないの? 趣味でもいいのよ?」

「……あってもダンジョンじゃ役に立たないわ」


 この子も初日に返事をしてくれなかった麻生 アレサさんだ。

 クールな見た目で物静かなスケバンって感じがする。


「別にそんなこと気にしなくていいのよ。言ってみて?」

「いや、趣味とかないし……」

「アレサさん。ダンジョンの中ではお互い助け合うことだって多いの。探索者同士、パーティを組むことだってある。その時にお互いのスキルを知らないと話にならないわ」


 私が真剣な口調で問いかけるとアレサさんは机の一点を見つめた。

 何か言いにくい雰囲気を感じる。


「人に言いにくいことかもしれない。でも、私は笑ったりバカにしないわ。この場でそういうことをする人がいたら、私が許さない。だからお願い」

「……げい」

「うん?」

「手芸」


 アレサさんがボソリと言った。

 そんなに言いにくいこと?


「立派な趣味じゃない」

「だ、だって私みたいな女が手芸なんておかしいでしょ? それにこれが何の役に立つのよ」

「手芸なら探索者の布製の防具を生産できるわ。またダンジョン内で破損したら、それを修復できる。生産系の探索者は重宝されるから自信を持っていいのよ」

「……ホントに?」


 アレサさんの表情が明るくなった。

 そこまで大したことを言ってないのに、そんなに喜ぶ?

 そう思ったけど、さっきのゴウスケ君を見て少し思うところがあった。


 この子達はいわゆる親から見放されている。

 そうやってお互いすれ違った末に、大人達に対する不信感と自己肯定感のなさだけが積み重なった。

 ゴウスケ君だってきっと何かしらあるはずだ。


 それを見つけられていないだけか、隠しているかのどちらかだと思う。

 そう考えると私が考えている以上にこのクラスは深刻な問題を抱えているのかもしれない。

 それならそうと考えがある。


「大体わかりました。では明日からダンジョンへ行きましょう」


 アヤネさんのダメージのこともあるけど、彼女に何かさせるつもりはない。

 やっぱり机に座ったまま教えられることなんて限られている。

 この子達のためにも、もっと早く解決しなきゃいけないことがあった。

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