第4話
のだけども、その夜。
突然、かつ初めて私の部屋を尋ねてきた彼を前に、私はどうしたらいいのわからなくなっていた。
「貴方は、私を誤解しておられるようです」
「ええと、誤解って、なにを?」
もう夜着に着替えているような時間帯の突然の来訪に動揺したが、夫だ、と考えれば問題はない。そして、この家の主である彼を廊下に立たせたままというわけにもいかない。私はセシルを部屋に通し、ソファーへ腰を下ろした。だが彼は入室したきり、戸口近くで立ち尽くしている。何度促しても、彼は頑なに座ろうとしなかった。
――にしても、誤解ってなんのことよ。
功績によって爵位を得た平民出身の第四騎士団の若き副団長。
そして、何故か傷物で行き遅れな子爵家の娘であった年増の私に求婚してきた人。
冷たく見える外見と対応ではあるが、古くからの仲間たちを今も使用人として雇っている実は情に厚い人。
彼について私が知っていることは、それくらいだ。あとは噂の域を出ないものばかり。なにせ、彼は結婚して以降私とろくに話をしようともしなかったのだから。
「安心して? 変な誤解なんてしてないわ。セシルが私を好いてないことは理解しているもの」
せっかく話す気になってくれたのなら、この機会に思っていたことを全部言ってしまいましょうか。
私は勢い込んで話し出す。
「好いていない……?」
「あら、ごめんなさい。嫌味に聞こえた? 私、それを責めるつもりはないのよ」
私の言葉を、彼は少し呆然としたように繰り返した。
ソファーに腰掛けている私に対して、セシルは未だずっと立ったままだ。この位置関係からして、どう見たって好かれてはいない。私の隣になど座りたくないという意思表示だろう。
彼の私に対する態度は、無関心ではなくて拒絶に近い。結婚してからずっとそうだ。今この瞬間も、まるでこちらに近付くことを拒むように距離を保ったままだ。どう見たって、好かれているとは思えなかった。
「あなたが私と結婚という契約をしてくれただけで、両親は安心してくれたわ。ずっとそういう形での恩返しなんて出来ないと思っていたから、もう十分なの。ここでの生活も快適で満足しているしね。なにも文句なんてないわ。だからあなたは、無理しないで良いのよ? なにか必要があって私に婚姻を申し込んでくれたんでしょう? それについて詮索するつもりもないし、もしも本当は愛する人がいるって言うのなら、その人と好きなように過ごしてくれて構わないとも本気で思ってるんだから。それに、セシルと愛する人との間に子供が出来た時には身を引いても良いわ。2人が望むのならば私はその子を養子にしても良いと思――」
「……貴方は、私を誤解しています」
低い声に遮られて、私はぴたりと口を閉じた。
「ええっと……」
――なにか間違ったことを言ったかしら。
どこか怒っているようにも見えるセシルを見て、私は首を傾げる。しばらく真剣に悩んだ結果、
――ああ! なるほど。彼の恋愛対象は女性ではなくて――
「なるほど……そういうことなのね?」
ポン、と手を打てば、彼は額を押さえて深い溜息を吐く。
「貴方の考えたことは、だいたい想像がつきます。言っておきますが、私の恋愛対象は女性ですよ」
「あ、そうなの?」
「ええ」
まるでがっかりしたかのように肩を落として、セシルはまた大きな溜息を吐いた。そんな彼に、私は小さく首をすくめた。
「じゃあ……ごめんなさい。あなたが言っていた誤解って、いったい何のこと? まったく想像できないんだけど」
座っている私を冷たい表情で見下ろした彼は、しばらくじっと見つめてきた。そのあとで、ゆっくりと歩み寄ってきて目の前に膝をついてきた。
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