第25話 パレード

「ミャアァ……」


 朝、まだ陽が昇りきる前。

 シオンのベッドの足元で、ちいさな毛玉がもぞもぞと動いていた。


「うぉっ!? ……おまえ、そこにいたのか」


 昨日拾った子猫は、どうやらすっかりシオンになついたようで、夜のあいだもずっとそばで眠っていたらしい。

 シオンが身を起こすと、子猫もつられて顔を上げ、小さなあくびをひとつ。


「おはよう、ミルちゃん」


 朝食を済ませる頃には、ナナとマーニャも集まり、猫を囲んでの“お世話会議”が始まった。


「ということで、今日から本格的に“ミルちゃんのお世話係”を決めます!」


 ナナが小さく拳を握ると、マーニャが目を輝かせて言った。


「やるやる! 餌係!」


「わ、私も……撫で係とかなら……」


「撫で係ってなんだよ!」


「じゃ、じゃあ私が“ミルちゃん語通訳”を……!」


「それは要らんだろ」


 笑いながら、シオンはパンをかじる。

 でも、こうして誰かが心から楽しそうにしてる時間が、何よりも大切に思えた。


「まあ、交代で面倒見ような。あんまり偏ると、ミルも疲れるだろうし」


「そうね……じゃあまずは、寝床作りから?」


 セリカの提案で、村の倉庫から古い毛布やかごを借りてきて、ふかふかのベッドを作ることに。


 みんなで試行錯誤しながら、時折ミルに「この色が好き?」「この高さどう?」と問いかけては、耳をぴくりとさせる仕草に一喜一憂する。


「ねえ……なんか、こういうのって……」


 セリカがぽつりと漏らした。


「昔の自分じゃ、考えられなかったなって。こうして誰かと何かを作ったり、笑い合ったり……」


 ナナがそっと彼女の手を取る。


「セリカは、もう“昔のセリカ”じゃないよ。あたしたち、もう家族なんだから」


「……うん」


 あたたかな空気に包まれる中、ミルがころんと寝返りをうって、みんなの視線を一身に集める。


「やっぱ、この子……天才では?」


「将来は村のアイドル間違いなしね」


「うわー、なんか嫉妬する!」


「ナナが嫉妬とか新鮮……!」


 そんな賑やかなやりとりの中、シオンはふと遠くを見た。


 草原の向こう、いつも通り風が吹き抜けていく。

 ――でも、その日常の中に、確かに何かがあった。


 静かに、でも確かに。


「……こういう時間を、もっと大切にしたいな」


 シオンがぽつりとつぶやくと、隣にいたマーニャが照れくさそうに笑った。


「シオンが言うと、なんか重みあるな」


「なんだそれ」


 笑いあいながら、今日もまた、穏やかな一日が始まった。


 ☆


 その日の午後。


 陽が傾きかけた頃、ナナが手作りの首輪と小さなリードを取り出した。


「これで……ミルちゃんと、お散歩できるかなって!」


「ええええ!? 猫って散歩するっけ?」


「いいじゃん、一緒に冒険気分でさ!」


 マーニャがリードを手に取って、ミルの首元にそっと巻く。意外にも嫌がらず、ミルはくるくるとしっぽを揺らして嬉しそうだ。


 そして、昨日作った帽子も被せる。


「案外、気に入ってる?」


「じゃあ、村の外れまで歩いてみようか」


 セリカが提案すると、みんなで小さなパレードのように歩き出した。


 途中、畑仕事をしていたおじいさんがにっこりと笑って言った。


「おやおや、今日は珍しいお客さんじゃな。猫の散歩なんて初めて見たわい。ほっほ」


「この子、昨日から家族になったんです!」


 ナナが誇らしげに言うと、セリカが小声で続ける。


「……なんだか、こういうのが“幸せ”って言うのかもしれないですね」


 ミルは、花の咲いた草むらで立ち止まり、ひらひらと舞う蝶を目で追っていた。


 その仕草があまりにも無邪気で、マーニャは思わずため息を漏らす。


「はぁ〜……可愛すぎて心が持たん」


 そして、しばらく歩いたあと、村の小さな丘に到着した。遠くに広がる田畑、木々、山々――。


 ミルがその風景に向かって「にゃあ」とひと鳴きすると、ナナがぽつりと呟いた。


「……ここが、この子の居場所なんだね」


「うん、そして私たちの居場所でもある」


 セリカがそっとナナの手を握った。


 そのとき――


「お、おーい!」


 後ろから駆け寄ってくる影があった。


 ハクだった。


「……あれ、猫の散歩か? ずいぶん優雅なパーティだな」


「うん。ハクさんも一緒にどうですか?」


 ナナがにこにこと言うと、ハクは少し驚いたように目を細めた。


「そうだな……」


 ハクはミルを撫でながら、ゆっくりと語り始めた。


「昔、俺も飼われていたことがあった。仕事は狩り。失敗すれば、食事も与えられなかった。でも、動物たちだけは、俺を裏切らなかった」


 ナナが息を飲む。


「それで、今は……?」


「今は、この村⋯⋯お前たちもいる」


 それは照れくさくなるほど、まっすぐな言葉だった。


「……だから、あの子も、お前らも守るよ。俺にできる限りのやり方でな」


 シオンが静かに頷いた。


「ありがとう、ハク」


 ──日が暮れ始めるころ、小さな隊列はまたゆっくりと帰路についた。


 その背中を、春の風がやさしく撫でていた。

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