第2話 名前

 仔竜は、新雪のように白い少女に抱かれていた。仔竜はその大きさに見合わず、結構な重量があるのだが、華奢な彼女はその重さを感じさせることなく悠然と歩いている。それどころか、少女は、精巧に作られたぬいぐるみを抱っこしているような風だった。




 ただ、仔竜はその温もりを間近に受けられるので、満足しているらしい。目を細め、『ぐるる』と喉を鳴らしている。だらんと垂れたしっぽは気分よく振り回されて、やはり満ち足りていることを表した。








「君、かわいい」








 少女が、胴に回していた手を片方頭に置いて、仔竜の頭をなでる。表情は、やはり、むふー、という風で、こちらもかなり満足しているらしかった。


 褒められて気を良くした仔竜は、頭をぐりぐりと彼女の頬に押しつける。








「ふふっ…ぐりぐり、かわいい…きもちぃ」








 少女も、満更ではない様子だった。




 それからしばらく歩き、雲の晴れ間が広がり、青空がほとんどを埋め尽くした頃、彼女と仔竜は、岩山の谷間に位置するこぢんまりとしたログハウスにたどり着いていた。ただ、その周りはやけにぼんやりとしており、ぱっと見で見分けることが出来ない。




 仔竜がそれに困惑していると、その雰囲気を感じ取ったのか、少女がクスリと笑って、口を開く。








「これ、私の魔法…隠蔽されてるの」








 そう言って、彼女は仔竜を抱いたまま、その家に入っていった。




 中は暖かい空気で満ちていて、寒く乾いた外の空気とは大違いだった。家の中だからといってしまえばそれまでだが、仔竜はしっかりとそれだけではないことを感じ取っていた。この温もりは、自分をすごく愛おしそうに見つめるこの少女とおなじだ、そう本能で感じているのである。








「ぎゃぁ…」








「気に入ってくれた?よかった」








 なでり。少女はどこからともなくふかふかのベッドを取り出し、その上に仔竜を乗せて、頭をなでる。やたらと仔竜の頭をなでる少女だが、それにこれといって不快感も示さず、寧ろもっとといった感じで、仔竜は少女に頭を突き出した。




 そうしてしばらく時間が流れ、満足したのか、少女がそっと頭をなでる手を離した。仔竜は名残惜しそうにその手を見るが、これ以上彼女を引き留めるのも申し訳ないと思っているのか、ぐずることはしない。








「そういえば、自己紹介がまだ…私、フィアネ。よろしくね」








「がう!」








「うん…君にも、名前ないと、不便。君、男の子?」








 その問いかけに、仔竜は首肯する。それを見た小女―フィアネは、にっこりと微笑んで口を開いた。








「君の名前は――」








 その晩、少女が寝静まった頃、仔竜は静かに窓から覗く満月を見つめていた。生まれ落ちてその次の瞬間には、理不尽が剣を突き立ててきた。ツイていないという言葉でかたづけてしまいたいと、仔竜はまどろむ思考で考える。




 けれども、それではいけないと、仔竜は持ち直した。理不尽に対抗するには、自分も理不尽と化すしかないのだ。




 そういったことを考えるには、仔竜は些か幼すぎるのだが、そう思わせるのに十分な経験をした。してしまった。




 仔竜の真垢マナは未だ白く、穢れなどはしらない。

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