承認されない男

ぼくしっち

プロローグ

また、鳴った気がした。


坂本は無意識にポケットに手を伸ばした。

ズボンの布越しに触れるスマホの輪郭を確かめる。

――微かな振動。

「今、確かに鳴ったよな。」

そう呟いてスマホを引き抜き、画面を点灯させる。


通知は――なかった。


LINEもX(旧Twitter)も、Instagramも、何も新しい動きはない。

画面の時計が深夜1時37分を示しているだけだった。


「……気のせいか。」


ため息混じりにスマホをベッドの脇に置く。

暗い部屋。

窓の外では誰かの笑い声が遠く響く。

遠い世界の音。


坂本は再び天井を見上げた。

ぼんやりと、頭の奥で“あの音”がこだまする。


――ブルルル。

「……あ。」


ポケットのスマホは、そこにはもうないのに。

耳の奥で“鳴っている”気がした。



振動の感覚、耳の奥のあの音。

今日だけで何度、こんな“鳴りもしない音”を追いかけただろう。

ポケットに、机の上に、バッグの中に。

何もなかった画面を見つめるたび、

“自分が誰にも必要とされていない”ような気がして、胸がざわつく。


でも、

「誰かが、俺を呼んでる」

そう思わないと、やってられなかった。

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