第36話 反撃の二航戦
「我レ今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル」
第一航空艦隊の南雲長官から指揮を引き継いだことで、第二航空戦隊司令官の山口多聞少将は全艦隊に宛てて檄文のごとき電文を発した。
すでに電波管制は解かれているので、このことが問題視されるようなことはなかった。
夜の間、一航艦は散々な目に遭った。
数十機にも及ぶ雷撃機の攻撃を受け、「赤城」と「加賀」がそれぞれ二本を被雷した。
両艦は浸水によって速力が大きく低下したことで、戦線離脱を余儀なくされてしまった。
その二隻の後送には四隻の駆逐艦が付き従っている。
さらに、不意遭遇戦に備えて第七戦隊の重巡「最上」と「三隈」もまたこれらに同道していた。
このことで、山口司令官の手元に残っているのは「蒼龍」と「飛龍」を除けばあとは軽巡「川内」と四隻の駆逐艦のみだった。
その山口司令官は夜が明けると同時に「蒼龍」と「飛龍」から索敵にそれぞれ四機の九七艦攻を発進させた。
さらにその三〇分後には同じ数の九七艦攻を索敵第二陣として送り出している。
二航戦に三六機ある九七艦攻のうちの一六機までを索敵に用いることに対して、不平や不満が出ることはなかった。
一航艦が夜間に襲撃を受けたのも、東洋艦隊の存在を事前に探知できていなかったからだ。
つまりは、自分たちは情報戦において明らかに英軍に後れをとっている。
その反省を無駄にしないためには、敵の所在を把握するための多数の索敵機が必要だった。
今さらながらにその当たり前を思い知らされたからこそ、四割を超える機体を索敵に割かれてもなお誰も文句を言わなかったのだ。
そして、索敵機の大量投入の恩恵はほどなく二航戦にもたらされる。
「戦艦四、空母一、その他一〇隻前後の艦隊を発見」
「空母二隻を主力とする機動部隊発見」
相次いでもたらされた索敵機からの報告に、山口司令官は先任参謀の伊藤清六中佐に「どう思う」と短く問いかける。
「四隻の戦艦に同道している空母は『ハーミーズ』、残る二隻については『イラストリアス』級とみて間違いないと思います」
英戦艦の脚は比較的遅い。
「キング・ジョージV」級という例外を除けば、残りはいずれも二〇ノット台前半だ。
他に脚の速い有力艦として巡洋戦艦「レナウン」があるが、しかしこちらは欧州にあることが分かっている。
いずれにせよ、低速戦艦と正規空母を同じ艦隊に配備することは考えにくい。
伊藤先任参謀はそう考えたのだろう。
そして、それは山口司令官もまた意を同じくするところであった。
「敵との距離はどれくらいだ」
山口司令官は「蒼龍」艦長の柳本柳作大佐に尋ねる。
航海参謀がいればそれに聞けば済む話なのだが、しかし司令長官が直率する一航戦と違い二航戦にはそのようなポジションは存在しない。
そうであれば、航海長に尋ねればいいのだが、しかしこちらは直接の部下ではないので、その上官である柳本艦長を通すことにしたのだ。
その山口司令官の回りくどい配慮に胸中で苦笑しつつ、柳本艦長は航海長の江本弘少佐に尋ねる。
「約一八〇浬です」
夜の時点では東洋艦隊の所在が掴めていなかったので、彼らが距離を詰めにかかっているのかそれとも広げようとしているのかは判然としない。
ただ言えることは、敵はこちらの攻撃隊の行動半径にすっぽりと収まっているということだ。
そうであれば、山口司令官に攻撃をためらう理由は無い。
「第一次攻撃隊をただちに発進させろ。それが終われば第二次攻撃隊も速やかに出す」
山口司令官の命令からほどなく、「蒼龍」と「飛龍」が風上に艦首を向け加速を開始する。
軽巡「川内」と四隻の駆逐艦もまた遅れじとその動きに追躡する。
飛行甲板上の合成風力が規定のそれに達した時点で先頭に置かれた零戦が滑走を始める。
さらに二番機が、次に三番機が一番機の後を追ってインド洋の空に舞い上がっていく。
その第一次攻撃隊は「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ零戦が九機に九九艦爆が一八機の合わせて五四機からなる。
指揮は「蒼龍」飛行隊長の江草隆繁少佐がこれを執る。
その第一次攻撃隊が出撃してほどなく、第二次攻撃隊に参加する機体がエレベーターを使って次々に飛行甲板に上げられてくる。
第二次攻撃隊は「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ零戦が六機に九七艦攻が一〇機の合わせて三二機からなる。
指揮は「飛龍」飛行隊長の楠美正少佐がこれを執る。
その楠美少佐は、本来であれば本日付で「飛龍」飛行隊長から「加賀」飛行隊長へと転属していたはずだった。
しかし、大作戦が進行している中で「飛龍」飛行隊の大黒柱が抜けるのは非常にまずい。
それは「加賀」飛行隊にも言えることだ。
そのことで、彼の転属については本作戦が終了した後に行われることになっていた。
その楠美少佐が率いる第二次攻撃隊は、出撃する機体が少なかったこともあって短時間のうちに全機が発艦を終える。
攻撃隊がすべて出撃した時点で「蒼龍」と「飛龍」に残るのは、それぞれ直掩任務にあたる零戦が六機のみだった。
「そろそろ頃合いか」
山口司令官がつぶやいてほどなく、東の空から一機、また一機と小さな機体が姿を現す。
これらは一航戦の「赤城」それに「加賀」から発進した零戦だった。
山口司令官は避退を図る一航艦司令部に対し、もし「赤城」と「加賀」の零戦が発艦可能であれば、こちらが指示するタイミングで二航戦にそれを回してほしいと依頼していた。
その「赤城」と「加賀」はそれぞれ二本の魚雷を食らって大きく速力を減殺されていた。
それでも、二五〇メートル近くに達する長大な飛行甲板を持つ「赤城」と「加賀」であれば、軽荷状態の零戦ならば多少脚が衰えていたとしても十分にこれが発艦可能であると山口司令官はにらんでいた。
そして、それは実現可能だったようだ。
「蒼龍」と「飛龍」は再び風上に立ち、そして「赤城」と「加賀」から応援にきてくれた零戦を収容する。
「蒼龍」には「加賀」隊の九機が、「飛龍」には「赤城」隊の同じく九機が着艦した。
このことで、直掩の零戦は一二機から三〇機へと一気に二五〇パーセントの戦力アップを果たした。
(とりあえず、戦うための態勢は整ったようだな)
山口司令官は胸中で小さくつぶやく。
第一ラウンドは東洋艦隊がこれを取った。
一航艦はダウンを奪われ、あわやKO負けというところまで追いつめられた。
しかし、その苦境の中でも二航戦は立ち上がった。
一航戦もまた、自分たちを支えるべく零戦を派遣してくれた。
(受けた借りは必ず返す。それも倍返しだ)
山口司令官は密かに闘志を燃やす。
反撃の第二ラウンドは、間もなく始まろうとしていた。
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