Episode 14

「ロミ・モンとジュリ・キャップの生存データを仮消去します」


 Shakeのセントラルセンター内にある、大きなタッチキーパネルとモニターがあるだけの小部屋。

 Mon、Capそれぞれの消去パスを入手したロミとジュリが戻るとすぐに、Shakeは2人の体の入れ替えを解除した。そして、生存データを仮消去したのだ。


「生存データの仮消去って?」


 ロミの問いに、ドクが答える。


「うん。MonとCapの消去は、キミたちの家への背信行為にあたるでしょ? 背信行為には罰はつきもの。だけど、その背信行為はShakeがキミたちに指示したことだから、Shakeがキミたちを守るための一時的な対応だよ。今、キミたちは死んだことになっている。死んだ人間を罰することなんて、誰にもできないからね。だけど、折を見てキミたちの生存データは復活させる予定だよ」

「なるほど」


 ペタペタと自分の体を確かめるように触りながら、ジュリが何度も頷く。


「じゃあジュリ、改めて」


 満面の笑顔を浮かべて、ロミがジュリに向かって両手を広げる。


「え? なに?」

「なにって……やだなぁジュリ。さっき言っただろ? 『Shakeに体戻してもらったら、もっとちゃんとキスしよう』って」

「なっ」

「あれ? 『もっとちゃんと』ってことは、ちゃんとしてないキスはしたってことだよね? へ~、しっかり謳歌してるじゃない、青春。いいねぇ」


 揶揄うように笑うと、ドクは言った。


「でも、今日は色々緊張もしただろうし、疲れたでしょ。ゆっくり休んだ方がいいよ。この部屋じゃなんだから、他の部屋に案内するね。僕もちょっと疲れたから少し休もうかな。じゃあShake、また後で」

「はい、ドク。おやすみなさい」


 モニタ―前の椅子から立ち上がると、ドクはロミとジュリの背中を押すようにして小部屋から出る。

 そして。

 小部屋から出てドアが閉まると同時に。


「わっ!」

「きゃっ!」


 足元の支えが、消えた。



「Peare、ロミとジュリのアリバイ工作頼むね。空き部屋で休んでることにしておいて。それと、夕食3人分持って来てくれるかな? 僕もお腹空いたし、ロミもジュリもお腹空いてると思うから。おいしいやつ、頼むね」

「はい、ドク。お任せください」

「その後はキミもここで一緒に話を聞いていてね」

「はい、ドク。もちろんです」


 出迎えた雪ダルマ型の小さなロボットとの会話を終えると、ドクは呆れたような視線をロミとジュリへと向ける。


「落ちるの分かってるんだから、いい加減に馴れたら?」

「慣れる訳ないだろ、あんなの!」

「昔の人たちは意外に楽しんでたみたいだけどね、落ちもの系のアトラクションとか」

「『落ちもの系のアトラクション』って?」


 興味をひかれたのか、ジュリがずいっとドクの方へ体を乗り出す。


「あぁ、昔はね、地域によっては『遊園地』とか、『テーマパーク』とかそういう娯楽施設が結構あってね。そこには、上下左右、場合によってはクルリと一回転もするような高速移動の乗り物や、わざわざ高い所まで運んだ後に重力に従ってストンと落ちるような乗り物や、逆に重力に逆らって空中に跳ね上げられるような乗り物なんかがたくさんあったんだよ。そして多くの人間たちは、対価を払ってまで娯楽として楽しんでいたんだ」

「なんだそれっ⁉ なんでそんなわざわざ対価を払ってまで怖い思いをしに行くんだよ?」

「怖いか? 私は面白そうだと思ったが」


 正反対の反応に、ドクは満足そうに大きく頷く。


「そう、感じ方は人それぞれだ。だけどAIはこう判定したんだ。『恐怖、いわゆるスリルに馴れてしまうと、より強いスリルを求めるようになるのが人間の性。より強いスリルは、犯罪へ、ひいては殺戮、戦争と繋がる可能性が大きい。よって、このような娯楽は世界の安定には毒でしかない』ってね。それで、今の世界からは一掃されているという訳さ。核による戦争が勃発する一歩手前で、人間たちは世界の滅亡の危機を救う救世主として、当時既に世界の大半のネットワークを占めていたAIのMonとCapに全てを委ねた。面白いよね、戦争をはじめようとしている大国のトップたちにこっそりマイクロチップを仕込んで、MonとCapそれぞれが彼らの思考そのものを操作することによって戦争を回避するなんてさ。考えた人はもう、ギリギリの選択だったんだろうと思う。その結果、世界は確かに滅亡を免れはしたけど……僕はいつも思ってたんだよ。今の人間って、一体何が楽しくて、何のために生きてるんだろう? AIにただ生かされているだけならば、いっそ核戦争で滅んでしまった方が幸せだったんじゃないか、なんてね」


 Peareが運んできた夕食が、空腹を刺激する匂いを漂わせる。

 目の前に置かれた食事を見つめながら、ロミがポツリと言った。


「俺は違うと思う」

「ん? 何が?」


 さっそく食事に手を付けていたドクが、不思議そうな顔でロミを見る。


「『滅んでしまった方が幸せ』なんて、そんなことはないだろ。だって、そうしたら俺たちここにはいないんだぞ? 俺は、ジュリともドクともPeareとも、出会えていないんだ。そんなの幸せな訳がない」

「私もロミの考えに賛成だ。なぁ、ドク。その、ギリギリの選択でMonとCapに全てを委ねた人は、遠い未来に希望を託したんじゃないか? 仮に、AIに全てを委ねた事で全人類がAIに支配される世の中になってしまったとしても、いつかかならず、誰かが、人間らしく生きられる世界を取り戻してくれると」

「よくできました」


 食事の手を止めるとニコリと笑い、ドクは言った。


「その誰かが、正に僕たちなんだよ」

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