30.残業を減らせ!

 素材調達課に改革案を出してから、一週間が経った。


「素材調達課の今週の売上……20%アップです!」


 クロダの言葉に、業務整備課の執務室が歓声に包まれた。


「やったっスね!」


「よかったです!」


 ユートとリーナが素直に喜ぶなか、イゼルだけは冷静だった。


「素材調達課の皆さんの努力によるところが大きいと思いますが……」


 そんなイゼルの肩を、クロダが軽く小突く。


「またまた~。うれしいくせに」


「…………」


 イゼルは沈黙したままだったが、その顔にはわずかな笑みが浮かんでいる。


(あれ? 本当に喜んでるな、これ)


 ニヤニヤ顔のクロダに気づいたイゼルは、わざとらしく咳払いをした。


「と、いうことで……我ら業務整備課の初仕事は成功、と言ってもよろしいですか?」


「はい! 大成功です!」


 クロダが力強く頷くと、自然と拍手が起こった。


(正直、実感はあんまりないけど……うん、何とかなった!)


 クロダは安堵しつつ、頼もしい部下たちの姿に目を細めた。





 一通り喜びを分かち合った後、次の改革案についての会議が始まった。進行を務めるのは、もちろんイゼルだ。


「さて、次のテーマですが……誰もが気になっている、あの問題。そう、残業です」


 その一言に、リーナもしみじみと頷く。


「たしかに。ギルドと残業って、切っても切れない関係ですよね……」


「はい。誰にとっても身近で、頭を悩ませる問題です。そこにメスを入れていきたいと考えています」


(わ、分かるー! 残業とは人生、人生とは残業、だよなあ)


 クロダも嬉しくなり、思わず机に身を乗り出した。


 イゼルは淡々と続ける。


「つきましては、業務整備課としての基本方針ですが……とにかく残業を――」


(きたっ!)


 クロダはイゼルの言いたいことを瞬時に理解した。イゼルと目が合い、うなずき合う。


 そして、声を揃えて叫んだ。


「増やします!」「減らします!」


 その瞬間、室温が5度ほど下がったように感じられた。


 気づけば、イゼルもリーナもユートも、呆れと諦めが混ざったような微妙な視線をクロダに向けている。


(あ、あれ? なにか間違った……?)


「……課長、またロープで縛られたいっスか?」


「い、いえ」


「なら、大人しくしていてくださいね」


「ひゃい……」


 ユートとリーナの有無を言わさぬ態度に、クロダは大人しく口をつぐむしかなかった。





「セシル課長からいただいたフィードバックの通り、まずはメリットを思いつく限り挙げてみましょう」


 イゼルの言葉に、ユートとリーナは競うように手を挙げた。


 クロダはロープ巻きこそ免れたものの、相変わらず発言権はなし。三人の議論を、静かに見守る役に徹していた。


「まず、やっぱ残業が少ないとうれしいっスよね。みんなのモチベも上がるっス!」


「そうですね。それに、残業が減れば残業代も減るわけですから……ギルドの支出も抑えられます。これも大きなメリットです」


 二人の意見にイゼルも同意する。


「良い意見ですね。逆に、デメリットの面からも考えてみましょう。まず、残業が減れば単純に作業量は落ちる。結果として、売上の減少が懸念されます」


「でもそれって、効率化の提案をセットにすればカバーできそうですよね」


「その通りです」


 議論はどんどん白熱していく。言葉を交わすたびに資料が埋まり、驚くほどのスピードで提案書が仕上がっていく。


(みんな、若いのにすごいなあ。そして、またしても、俺は何もしてない……)


 クロダの心の声も空しく、三人は完成した資料を前に満足げに頷いていた。


「よし、なんとか仕上がりましたね。今回のは、説得力にも自信があります」


「はい! “残業中は集中力が低下し、作業効率が落ちる”って論文も補足につけましたし、エビデンスもバッチリです!」


「削った残業代を賃金のベースアップに充てるこの案、最高っス! みんな、大喜びすると思うっス!」


 前回より明らかにクオリティが上がった資料を見て、誰もがたしかな手応えを口にする。


 三人を代表して、イゼルが提案書をクロダに差し出した。


「課長。提案書、完成しました。これでなんとか説得を……お願いします」


「う、うん。……が、頑張ってくるよ」


 クロダは資料を受け取ると、顔を引きつらせながらも覚悟を決めた表情を浮かべた。


 今回の相手は素材調達課ではない。ギルド全体に関わる、全ギルド職員が注目する改革だ。


 となれば、提出先は――部門長。その承認が下りたら、最終的にはギルドマスターの判断を仰ぐことになる。


 当然、提出とプレゼンの役目を担うのは、課長であるクロダ自身だ。


「ご武運をお祈りします」


「よろしくお願いします!」


「頑張ってくださいっス!」


(うう……今にも胃に穴が開きそうだ……)


 部下たちの声援を背に受け、クロダはキリキリと痛む胃を押さえながら、ふらふらと部門長室へと歩み出した。

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