10.獅子奮迅の活躍
翌日の14時、クロダはなんとかすべての書類整理を終わらせた。
(こんな量、本当に終わるのかと思ったけど……なんとかなるもんだなあ)
そのまま、クロダはバルドに作業の完了を報告した。
しかしバルドは短く「お、おう」と返すだけで、反応が薄い。
(変だな。もっと豪快な人かと思ってたけど……褒めるにしても貶すにしても、何かリアクションがあると思ったのに)
クロダは首を傾げたが、バルドはそれ以上言葉を返すことなく、ゆっくりと立ち上がると課内のメンバーに向かって大声で呼びかけた。
「おう、聞け、お前ら! 今日からこの新入りが業務に参加する。名前はクロダだ」
その言葉に、一瞬で室内がざわついた。
「お、おい、あいつ、"地獄のしごき"は……?」
「あいつ、来てまだ4日目だぞ?! "懲罰室"からそんなすぐに……ありえない、そんなこと……!」
「とんでもない奴が入ってきたな……恐ろしや、恐ろしや……」
皆が口々に驚きの声を上げる中、クロダはその反応に不安を覚え始めた。
(ま、まさか、4日もかけたのはまずかったか……? たしかに俺は、無能を長時間労働でごまかしてるだけの雑魚だからな……なんとかして、挽回しないと)
クロダは焦る気持ちを抑えつつ、バルドに尋ねた。
「課長、私は、何の作業をすればいいでしょうか……?」
バルドは周囲で忙しく働く課のメンバーたちを指し示す。
「新入りに任せる雑用なんて、そこら中に転がってんだ。さっさとあいつらに仕事をもらってこい」
「はいっ!」
クロダは勢いよく返事をすると、すぐさま一番手前にいた課のメンバーに声を掛けに向かった。
◇
「おーい、新入り! この書類を隣の課まで持っていってくれ!」
「はい! 今すぐ!」
「おい、クロダ! 納品予定の素材が来ていないんだ。素材調達課に確認してきてくれ!」
「分かりました!」
「クロダ、こっちも頼む!」
「はーい!」
製品加工課の執務室内を、クロダが縦横無尽に駆け回る。その姿からは、三徹の疲れなど微塵も感じられない。きびきびと動き回っては、次々と雑務を片付けていく。
その様子を見て、バルドは思わず嘆息した。
(なかなか、やるじゃねぇか)
バルドの中でのクロダの第一印象は、「なよなよした頼りない奴」だった。体はひょろいし、正直、すぐに音を上げて逃げ出すと思っていた。
だが、現実はまるで逆だった。課内の誰よりも動き、誰よりも働く。無尽蔵の体力と、勤勉さ。それはもはやバルド自身をも凌いでいた。
(今どき、こんな“当たり”が残ってたとはな……)
バルドは思わず口元をニヤリと緩めた。だがそのとき、視界の端にひっそりと立ち尽くす男の姿が映った。
「おい、テッド」
呼ばれた男はビクリと肩を震わせ、恐る恐るといった様子で近づいてきた。
「は、はい、なんでしょうか……?」
バルドは、右に左に奔走するクロダを指差す。
「あれが、俺がお前に求めていた働きだ」
「……っ!」
テッドは悔しそうに唇を嚙み締めた。
「あっさり抜かれたな、テッド。……一年前、お前が“しごき”を受けたときは、どうだった?」
「……10日かけても終わらず、泣いて許してもらいました……」
「それで? お前は、これからどうするんだ?」
「……」
テッドは俯き、黙ってしまった。
バルドの見立てでは、テッドは特段無能というわけではない。クロダが特別すぎるだけだ。
バルドは常に自信なさげにしているテッドの態度に、もどかしさを感じていた。その気弱さのせいで、他の課から雑用を押しつけられることもしばしばだった。
うじうじと答えを出せないテッドに、つい苛立ちが募る。
「クロダがいるからって、自分には仕事がないなんて思ってんじゃねぇだろうな? 無能なら無能なりに、がむしゃらにやるんだよ! ほら、クロダの背中を追いかけろ!」
「は、はいぃぃぃ!!」
テッドは涙目になりながら、ほとんど逃げるように駆け出していった。
その間にもクロダは執務室を飛び回り、休む間もなく雑務をこなしている。
近くの席から、課のメンバーたちの声が漏れ聞こえてきた。
「たまっていた雑用が、みるみる片付いていくぞ……!」
「ああ、自分の作業だけに集中できることが、こんなに幸せだとは思わなかった……!」
「もしかして今日は……日付が変わる前に、帰れるんじゃないか?」
「マジで……何年ぶりだ……?」
激務に次ぐ激務。常に殺伐としていた製品加工課の空気が、ほんの少しだけ、緩やかにほどけていく。
作業報告書を収めた木箱が、部屋の中央に見たことのないペースで積み上げられていた。それは、誰の目にも明らかな“成果の山”だった。
クロダの活躍は着実に、たしかな成果として表れ始めていた。
(これは、思わぬ拾い物かもしれん)
バルドは、あの日の幹部会議でセシルが見せた憎まれ顔を思い出し、にやりとほくそ笑んだ。
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