単純に、素直に、

西之園上実

記憶からの引用。

学生のころ。

そうだなぁ、時期的には小学生か。

そんな時分。クラスには、必ず本を一日中読んでいた子がいませんでした?


あれって、なんだったんだろう?


読書は趣味……だとは到底思えない。

同じように、音楽、映画、絵画を見る、芸術鑑賞も趣味とは違う気がする。


これは、『以上』がないということで、その先はいきなり『プロ』という領域に入るからだ。


趣味は時間と体力が絶対的な条件であって、さらには金が関わってくる。

浪費するからこその『趣味』だと思う。


だとしたら、線引ってどこなんだろうか。


音楽なら、楽器を使える。

映画なら、。自主制作。

絵画なら、そのまま絵を描けばいい。


もしここで、『作家』といってしまえばそこで終わり。

だってそれなら、建築土木、大工や職人といわれる人達が入ってきて、さらには、工場のレーン工や、逆に、農業なんかも『作家』だろう。


『作家』とはプロだ。




「久しぶり、憶えてる?」

「……ごめんなさい」


そりゃそうだ。

下心だけで動いて声をかければ、こうして無下にされて当たり前だ。


「小説家になったんだね、よかった」

「え?」

「ん? だって、あの頃ずっと本読んでたじゃん。だから夢叶えたんだなと思って……違った?」

「……ううん」


白木華しらきはる

一体、今この場所に来ているクラスメイトで何人くらいがこの女子の名前を憶えているやつがいるだろう。

すくなくとも、男子連中で憶えているやつは皆無だ。


「実はさ……俺も書いてるんだよね、小説」

「そう、なんだ」

少しでも興味を惹きたくて、誰にも言ったことのないことを言ってみる。

でも、彼女はさらに顔を伏せてしまう。


「ほら、最近はそういうサイトもいっぱいあるじゃん! だからそこで」

「なんで?」

「え?」

「なんで書いてるの? 小説」

「なんでって……」

突然顔を上げ、さらには俺の知る限り、今日ここにきて一度だって誰とも目を合わせていなかった彼女が俺をのことをじっと見つめてくる。いや、そんなもんじゃない。睨みつけてきている。

「趣味……かな」

なんとなくな答えが口をついて出る。

「ならすぐにやめたほうがいい」

ずっと何かに引っかかるような喋り方だったのに、急に滑らかな言葉運びを彼女がする。

「いいだろ別に。趣味なんだし、自己満足で十分なんだから」

対して俺のほうは、曲線だけだったものに角を急激に発生させたふうになる。


そこにいて、そこにいない。


あの時の彼女は空気のような扱いだった。

でも俺には、その空気が歪んで見えていた。

一人でいることを気にしていない。

常に大勢の男友達でつるんでいた俺には考えられない。理解不能。奇妙ですらあった。


「なんてサイト?」

「え?」

「今読むから教えて」

気づくと、彼女はすでにスマホを握りしめている。

「カクナロってサイトだけど……」

俺の声を聞きながら画面をタップする。

「なんて名前?」

「え……っと」俺はいいごちる。

どうしてこんなに躊躇う?

どうしてこんなに焦る?

彼女が俺の書いたものを読む。

思えばこうしてライブで物語を読まれるなんて初めてだ。

それも、プロの小説家に、だ。

「く、クラッチって、名前で……」

声が震える。

「……」

スマホの液晶画面を指でゆっくりスクロールし、目線だけを動かす。

直立不動という、あの時とは違って立ってはいるものの、今の彼女の出す雰囲気は小学生の時そのままだ。だから当然、彼女を包む空気が歪んで見える。


まわりでは、久しぶりの再会に大人になった男女が、以前の頃の、男子と女子の声に戻って談笑している。

でも今。俺には一切の音が入ってこない。

彼女の指先、視線をただジっと見つめることだけに全神経を集中する。


「どう?」

聴いたことのない自分の声がする。

「0点です」

「……そうですか」

なぜか敬語で返事をしてしまう。

「技術とか、内容のことをいってるんじゃないよ」

「なら何?」

「趣味で書いた小説は全部0点ってこと」

「なんだよ、それ……」

見当違いな答えに呆れる。


「この主人公の女の子だけど——」

「え?」

いきなり小説の内容のことを言われて驚く。

「どうしてこんなに自己肯定感が強いの?」

いくつか書いた作品のどれを彼女が読んだのかが分かったからだ。


その物語は高校一年の女の子が小説家を目指すという内容のもの。

だけど、どうもこのキャラクターの深さが出せていないでいた。

彼女がいうように、だただた自己肯定感の強い、我儘なキャラになっているなと書きながら思っていた。


「なるようになるって感じがする……気に入らない」

彼女らしくない。いや、らしい、しっかりと発音された言葉だった。

実際、俺も同じ感想だった。

初めて書いた女の主人公。

ほとんど修正や推敲することなく、いわば乱暴ともいえる投稿の仕方をしたのを今でも憶えている。

乗りに乗っていた筆。確かな手応えもあった。

でも、そして、やっぱり、評判はイマイチだった。


「運まかせだよね。運は必要だけど、当てにするものじゃないよ。少なくとも、私がこれまで読んできた小説にそんな作品は一つとしてない」


ドスっという感触が、頭上から降ってきて体全体にのしかかる。


小説を書くという趣味が許せないのだろうか?

それとも、俺の心構えの問題なのか?

彼女があの時の俺を知っているはずがないから、『いまさら』という感情は持っていないだろう。


気に入らない。


まだ、ここが駄目なり、辻褄が合っていないみたいな、具体的なダメ出しだったらよかった……。

ライブで聞かされた、こんな感想にすらなっていない強い言葉を浴びせられて、いや、のしかかられたんじゃ、もう立ち直れそうもない。


「はい、これ」

「これって……」

「私の本」

「いい、の?」

「……うん。読んでみて、今すぐ」

今すぐ、なんだ。

「少し時間いい?」

「もちろん!」

突然の笑顔に、驚くを通り越してビビる。


五章からなる連作短編。

その半分くらいまで、三章を半分読んだくらいまできたところで、同窓会がお開きにになった。

そのほとんどが、二次会に流れていく中、俺と彼女……華だけは近くのファミレスに場所を移し、続きを読むことにした。

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