第30話
仕事は本社で初動を済ませた依頼者と手を取り合って、どう利益に繋げていくのかという、コンサル的な要素が強い。この歳にして、「やりがい」の大切さがわかった気がする。厳しい選択を下さなくてはいけない時もあるし、理不尽な物言いを受ける事もある。でも、それを丁度いいところで着地させることも、求められるスキルと言える。それには、年齢的な経験が役に立っていた。
実際に、技術的スキル以外のことは私たちに一任されていて、よっぽどのことがない限り社長がでてくることはない。というか、一度もない。人件費や固定・流動経費を計算し、利益をプラスで着地させることも、言われなくても意識していた。
仕事上では、それだけ自由にやらせて貰える方が私は居心地がいい。信頼されているという思いは、会社のためにという原動力に繋がる。
プライベートでもそうなれたら、直樹と幸せな関係性を築けたのかな……。お互いSNSもやってもいないし、直樹が何をしているのか、もう全くわからない。元旦に、「あけましておめでとう」とラインをしたけれど、既読もつかないから、ブロックされているのかもしれない。
あれから、直樹の奥さんのSNSには興味がなくなって、見るこをしなくなった。あれだけネット中毒だった私だったが、今はアウトプットする場所に変わっていた。仕事で覚えていくことは、そのまま自分の表現にも活かされている。少ないけれどフォロワーもできたりして、細々とでも継続して発信も続けていた。
直樹が見つけてくれたらという、一縷の望み……。ユキさんもこんな感じだったのかな?気にしない時間が多くなるけど、忘れるのとは違う。そうやって、自分の道を進んでいた。
今は雇われではあるが、『書いて食べていきたい』という願いが叶ったと言える。
仕事は、辛いことへの対価。そうしないと稼げないと思っていたけど、その鎖から解放され、居心地が良い空気感に包まれて、「稼ぐ」ができていた。
ふーちゃんは、やはり馬力がある。ユキさんが『ぐいぐい私たちみたいな人を引っ張ってってくれるから安心して』と言っていたことに、心から納得する。年齢的なものを気にする時もしょっちゅうだ。本社のメンバーだって、一番年齢が近くても一回り下の人ばかり。ただ、年齢的なものを気にしているのは自分だけで、皆分け隔てない。気を遣われないことも居心地が良かった。でも、目がかすむとか腰が痛くなるとか疲れがとれないとか…、息を吸うだけで太るとかも、そういうことは分かち合えない。(まあ、そんなことは、たいしたことではないけれど)
48歳は、人生で幸福度が底辺だとも言われている。生理不順になったり更年期によりホルモンバランスの変化も大きい。仕事に慣れた余裕が、不安を感じる引き金にもなったりしていた。でも、それもまた自己解決できるようになって、疲れないバランスのとり方を身に付けたと言える。
「年齢を言い訳にするなとか言うけどさ、言い訳にさせてよって思うよ。絶対的に体力も気力も、お前らの時代はもう通り過ぎてるの。疲れをとるのに1週間かかるし、寝ないではいられないよ。労われ」
月一の全体オンラインミーティングで、メンバーの勢いに押された桜井社長の言葉に大きく頷く。
「そうだよ、労わって。ふーちゃんの馬力にはかなわない笑」
私も、桜井社長に被せて言う。そんな風に、自分にできないことを素直に言えるようになっていた。いつも、ミーティングは和やかな雰囲気で楽しい。一度、本社にも行ってみたい。みんなに会いたいってのもあるけど、島根県は直樹の生まれ育ったところだったから。
「そういえばあれ以来、一度もそっちに行ってなかったな笑。人を入れる判断も、何もかも関東支部の事は一切不安がないけど、無理しすぎる前に言ってね。こんなことすら言われなくても、芹香さんはわかっていると思うんだけど。それくらい安心感がある。良く言われてなかった?」
桜井社長の言葉に、みんなうんうんと頷いている。
「そうそう、太陽みたいなんだよね。あったかくてさ」
本社のエンジニア小野君が言うと、わかるー。とみんなが反応する。
「ありがとう!太陽みたいは一番嬉しいかも!技術的な事も馬力もやっぱりかなわないもの。だから、困った時とか、支えになれてたらなって思ってたから、本当に嬉しい。安心感か~。そういえばよく言われてました。でも、前はどんどん仕事がきつくなっちゃって余裕がなくなってたな」
これまでの“安心感”は、どんどん自分を苦しくしていた。これまで私と関わった人は、自分のことも全部私に押し付けてくるようになって、相手が楽になり私が苦しくなるという構図だったように思う。「手伝ってやってるんだよ。使えねーな」と、丸投げされていくように感じていた。
人も仕事も刷新された人生では“安心感”が嬉しいのはどうしてだろう。
“太陽みたい”なんて言われた事もなかった。
これまで持っていた『誰がなんと言おうと、私には価値がない』という思い込み。それが、『私には価値がある』と完全にポジティブに振り切ったわけでもない。
ただ、私には価値がないとは思わなくなった。
たったそれだけのことだと思うかもしれないが、この価値観に到達するまで、直樹と出会ってから10年かかっている。そのくらい、思い込みから解放されるには時間が必要だった。これまでそれでしか生きていないのだから……。
価値がないと思い込んでいた私を、破壊した直樹。
『俺は、ありのままの芹香を愛している。自分を変えるな。ありのままでいい。そのままで愛されている』
何度も私にそう言い続けた、唯一の人。
『芹香の運命の相手は他にいる。俺はそのための踏み台だから』
そう言って、飛び出すきっかけをくれたかけがえのない人。
世間的に許されない不倫という関係で出会い、とことん傷つけあい、とことん恨み合っても尚、直樹には感謝しかない。
私は、もう優しい人に囲まれているよ。やりたい仕事をしているよ。
私と直樹がツインレイなら、きっと直樹も今は幸せでやっているよね。
幸せでいてね。
もう、忘れようとしないよ。嫌いになろうなんて思わないよ。
ずっと愛しているから。
……届くかな。届くと良いな。きっと届いてる。
物理的距離では、離れているけど、魂レベルでは繋がっていることを願っていた。
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