17. 不安の原因
イアン様からのお誘いに頷くと、優しく手を引かれ会場の中央へと移動する。
ダンスをする場所はこの辺りと決まっているようで、何組もの男女がいつでも踊れる準備をしていた。
少しすると、イントロが終わりメロディが流れ出す。
周囲の方々がステップを踏み始め、私もイアン様の動きに合わせる。
彼は私がお話をする余裕がないことを知っているから、言葉をかけられることはない。
けれど、今まで私がミスばかりしていたところを成功させると、すごく明るい笑顔を浮かべてくれた。
「今までで一番上手だったよ」
「ありがとうございます。成功して良かったです」
無事に最後まで踊り切ると、会場中から拍手を送られた。
最初注目された時はどうなるかと思ったけれど、今は偽りのない笑顔を浮かべられる。
イアン様も嬉しそうにしてくれていて、少し恥ずかしいけれど彼との距離を縮める。
これからするのは、婚約の公表だ。
私達の近くに伯父様達や国王陛下夫妻がやってきて、最初に陛下が口を開く。
「皆さま。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。
私事で恐縮ですが……この度、息子のイアンがアイリス・アースサンド公爵令嬢と婚約しましたことをご報告いたします」
国王陛下とはいえ、パーティーに参加している方々はお客様だ。だから口調は丁寧になっている。
そもそも、このパーティーには他国の王族も参加しているから、国王らしく振舞うことは憚られるらしい。
だから、礼も会釈ではなく正式なもの。
私達も陛下に続けて頭を下げた。
そして顔を上げると、私を睨みつける三対の視線が目に入ってしまった。
ジュリア達だ。
「――ご報告は以上になります。
どうぞ本日の宴をお楽しみください」
陛下の挨拶が締めくくられると、私達は挨拶のためにまずは王国内の貴族の元へと足を向けた。
「ジュリア達にも頭をさげないといけないのですか?」
「あの家に挨拶をする予定はない。家の取り潰しはまだ出来ないが、王家として関係を持つつもりは無いからね」
幸いにもジュリア達と関わることなく挨拶回りは終えることが出来、私はイアン様と壁際へと移動する。
その時、ジュリアが私に真っ直ぐ向かってきているところが目に入った。
挨拶回りをしている時は無関心だったのに、一体どういう風の吹き回しなのだろう。
考えても答えは出ないけれど、得体の知れない恐ろしさを感じた。
「アイリス! 私を裏切っておきながら、よく堂々としていられるわね!?」
私の目の前に来るなり、そんな声を上げられる無神経さはジュリアらしいと思うけれど、今の家格差を考えればおいそれと文句は言えないはずだ。
ジュリアが何を考えているのか、想像もつかない。
「どういう意味でしょうか……?」
「私達を裏切って家を出たのに、幸せそうにするなんて許せないわ! そもそも、イアン様は私と婚約することに決まっていたのよ!? それを横取りするなんて、非常識だわ!」
「えっと……」
言っている意味が全く分からなかった。
ジュリアは王族と婚約することが認められているだけで、決まっているわけではない。
それに、数年前からイアン様と婚約することは不可能だと告げられているのだから、横取りというのも違う。
もっと言えば、今は公爵令嬢という立場になっている私を見下すこと自体、非常識どころか無礼なのだ。
他国のお客様もいらっしゃるパーティーで騒ぎは起こせないから、
「せめて謝るくらいしなさいよ! 私がどれだけ傷ついたのか、分かっているの!?」
私が強く言えないことを知っているのか、ジュリアはそう捲し立てる。
今まで痛めつけられてきたのは私なのに……。
けれど言い返す言葉が思い浮かばず、おまけに鞭で打たれた時のことが脳裏を過り身体が動かなくなってしまった。
「ジュリア・ザーベッシュ。身の程を弁えろ。
彼女は公爵令嬢だ。お前ごときが軽々しく話しかけて良い相手ではない」
イアン様が私とジュリアの間に入ってくれたのは、その時だった。
「この女は私の召使いでしたわ。だから立場なんて関係ありません!」
「過去のことは関係ない。投獄されたくなければ、今すぐ謝罪しこの場を去れ」
投獄という言葉に、ジュリアの動きが止まる。
貴族は裁判を経ないと刑罰を受けないけれど、彼女はそれを知らないらしい。
「アイリス、絶対に後悔させてやるから覚えていなさい」
ジュリアはそう言い捨てると、あっという間に私達から離れていった。
大事に至らなくて良かったけれど、これからも何かありそうで不安に襲われてしまった。
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