13. 不安を拭うために
あの後、私は昼食を終えるまで作法の勉強をして過ごした。
今は聖女になるための勉強をすふために、王宮を訪れている。
「一日足らずでここまで綺麗な所作を身に付けるとは……アイリス嬢は天才だな」
あまり自信は無かったけれど、イアン殿下まで私のことを褒めるものだから、くすぐったい。
「お褒めいただきありがとうございます」
「この様子なら、魔法の勉強にも苦労しないだろう。早速だが、始めよう」
今日は聖女に必要な勉強をするとだけ聞いていたのだけど、魔法の勉強のことだったらしい。
今のところ水魔法しか使えないから、他の魔法を使うのが楽しみだ。
「お願いします」
そう口にすると、私とイアン殿下の間に厚い本が置かれる。
この本は見覚えがあって、お義母様が怒ると私の頭に振り下ろされていたものだ。
最初は綺麗だったけれど、私の血で赤くなっているから、何の本か見分けが付かなかった。
……なんて思い出したら、頭が痛くなってしまう。
「これは魔法書と言って、基本的な魔法が全部書かれている。
属性ごとに分かれているから、好きなものから勉強しよう」
「分かりました。では、光魔法でお願いします」
火魔法や風魔法も魅力的だけれど、水を熱くすれば火魔法のように出来るし、湯気を飛ばせば風魔法の代わりになる。
けれども、光魔法の代わりにはならないのよね。
「分かった。光魔法は一番難しいが、大丈夫かな?」
「大丈夫だと思います……」
自信は無い。
でも、聖女になるためには光魔法を使えないといけないから、諦めようとは思わなかった。
「無理そうなら遠慮なく言うように」
「分かりました」
殿下の言葉に頷くと、魔法書が開かれる。
水魔法を覚える時に読み込んだことがあるから、中身もなんとなく理解できた。
「まずは基本の発光魔法から。魔法式は読めるかな?」
「はい。ジュリアの勉強を見ていましたので」
「それは好都合だ。まずはこの魔法式を試してほしい」
イアン殿下に言われたのは、術者が思い通りの場所を明るく照らせる魔法だった。
魔法式もシンプルで、言われた通りに詠唱していく。
すると、私の手のひらが眩しく光った。
狙い通りの場所だから、成功したのだと思う。
「……出来ました!」
「次は攻撃魔法にしよう。あそこの的、見えるかな?」
「はい。この光魔法を当てればいいのでしょうか?」
「ああ、その通りだ」
殿下に合図を出されたから、早速詠唱を始める。
水魔法なら詠唱をしなくても思い通りに使えるけれど、光魔法は難しい。
それなのに、私が放った細い光の筋は、魔法が触れた瞬間に砕け散ってしまった。
「……これは夢か?」
イアン殿下は口を空けたまま固まっていて、近くで見ていたレオン様は今にもお腹を抱えて笑い出しそうだ。
「アイリス嬢、その魔法は本来なら小さい穴しか開かないはずなんだ」
不思議に思っていると、レオン様が説明してくれる。
私の光魔法は何かがおかしいらしい。
「魔法書の通りに使いましたのに……」
「いや、魔力を込めすぎだ。普通は今の千分の一も使わない」
「えっと……」
「魔力を調整する練習を先にしよう」
イアン殿下の予想では、私は魔力量が多すぎて慣れない魔法を使うと暴走に近い状態になっているということらしい。
このままだと私の身まで危ないと言われてしまったから、まずは少ない魔力で魔法を使う練習をすることになった。
当然、攻撃魔法は封印。被害が出ても大丈夫なように、場所も広大な庭園に変える。
「慣れている水魔法で練習してもらう。まずは、霧雨をこの花壇の上だけに降らせてほしい」
「は、はい!」
息を整え、枯れかけている花の上に雨を降らせる。
すると、茶色かった葉が一斉に緑色に変わっていき、綺麗な花を咲かせた。
「……これは夢か?」
イアン殿下は頬をつねっていて、痛そうだ。
元気のないお花に水をあげるとこんな風になるのはいつものことだから、私は驚かないけれど、イアン殿下にとっては普通ではないらしい。
「夢ではないと思います」
「そのようだな。しかし、これでは迂闊に水魔法を使えない」
「どういうことですか……?」
「この水が川に流れた時に、魔物が飲んだら色々と不味いんだ。治癒の力が滲み出さないようにする練習も取り入れよう」
魔物というのは、近付くだけでも人を襲う危険なもの。時には群れになって町を襲うこともあって、数えきれないほどの人々が犠牲になったという。
だから王国では魔物専門の討伐隊が編成されている。
けれど、討伐隊は万能ではなくて、魔物を倒しきれないことも少なくない。
私の水魔法のせいで魔物が元気になってしまったら……。
領地の屋敷に移動する時は護衛よりも前に立って魔物と戦っていて、水の攻撃魔法で倒していたけれど、不安になってしまう。
そんな時、近くで私たちの様子を見ていたレオン様がこんなことを口にする。
「かつての大聖女様は治癒魔法で魔物を倒していたから、その水魔法で魔物を弱らせることが出来るかもしれない」
「……そうだったな。アイリス、今から王都の外に出て実験しよう。護衛は厳重にするから、怪我の心配はしなくて良い」
今まで守る側だったから、守られるのは不思議な感じがする。
不安なことに変わりはないけれど、イアン殿下まで不安にはさせたくないから、私は笑顔で頷いた。
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