5. Side 動き始めた計画
アイリスが家出に成功した日から遡ること一週間。
王宮にあるイアン王太子の私室には、長身の男性二人の姿があった。
「――殿下、例の調査結果が出ました」
「分かった。すぐ確認する」
書類に目を通しているのはイアン王太子、もう一人は彼の側近だ。
そして、書類にはザーベッシュ伯爵家を調査した結果──出自不明の現伯爵夫妻が、正統な伯爵家の血を引いているアイリスを酷く虐めているということが書かれている。
「……大方、予想していた通りのようだ。
俺はアイリス嬢を助けようと思う。協力してもらえるか?」
「もちろんでございます」
イアンがアイリスにだけ気をかける理由は側近にも分からない。
唯一分かっているのは、十年ほど前まで二人が王宮の庭園で一緒に遊ぶような仲だったということだけだ。
「ところで、アイリス様をどうやって助けるおつもりですか?」
「婚約者候補として、王宮に連れてくる。婚約では、虐待を増長させるだけだろうから、俺の目が届くところで保護したい」
「陛下はなんと……?」
「ようやく結婚する気になったか、と喜ばれたよ」
側近の問いかけに、イアンは不満そうに答える。
彼は社交界で女性不信の噂が立てられているが、社交界では権利欲しさに迫る令嬢達に辟易していた。
そのことを知っている国王は婚約者という単語に大喜びしているが、イアンの内心は複雑だ。
(アイリスだけは俺を純粋な友人として見てくれていたから、信頼は出来るが……いきなり結婚というのは無理な話だ)
候補という曖昧な立場にしたのも、アイリスと自分自身の逃げ道を確保するためだった。
「……気が合えば、結婚された方がよろしいかと。殿下もそろそろ婚約者を作らないと、王位継承権に傷が入りますよ」
「それくらい分かっている。だが、アイリス嬢にも迫られたら、俺は王太子の座を返上するつもりだ」
そんな言葉を交わしながら、アイリス救出のために行動を始めるイアン達。
早速細かい計画を練り始めると、とある指摘が入った。
「殿下。婚約者候補ということですが、妃教育はいかがされるおつもりですか?」
「婚約者はザーベッシュ伯爵夫妻を納得させるための建前だ。今すぐに妃教育を受けさせるつもりはない」
「それは安心しました。この目で見てきましたが、アイリス様の置かれている状況は……衰弱死していないことが不思議な程ですので」
数々の暴力に、日々の食事は抜き。妃教育を受けさせるなど、あり得ないことだった。
しかし、それをイアンが否定したことで、この場に会する者達が安堵の表情を浮かべる。
「先に言っておく。ザーベッシュ伯爵夫妻にはアイリス嬢が酷い目に遭うと嘘をつくが、そのつもりは一切無い」
「承知いたしました。では、教師ではなく医者と料理人を専属でつけましょう」
「ありがとう。アイリス嬢は、くれぐれも丁重にもてなすように」
「承知しました」
かくして、王宮では各々がアイリスを救うために動き出した。
そして今。
アイリスが去った後のザーベッシュ伯爵家では、普段よりも張り詰めた空気が流れていた。
「アイリス、お前のせいで私が恥をかいたのよ!」
「……アイリスお嬢様は居ませんが」
「そうだったわ……」
怒りをぶつけるようにして、拳が壁に打ち付けられる。
ザーベッシュ伯爵家では、不満の捌け口を失ったことで不穏な空気が流れようとしていた。
この屋敷の歯車は、まだ狂い始めたばかり。
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