22. 先に言ってよ

 拍手と歓声が渦のように押し寄せる中、足音がどんどん近づいてくる。気づけば、観客席からぞろぞろと生徒たちが降りてきて――私の身を囲んでいた。

 


「凄いねユリさん、本当に勝てるだなんて!」


「闇属性ってあんな事出来んの!? 俺全然知らんかったわ!」


「今度手合わせお願いしてもいいか!?」



 突然のよいしょに動揺し、聖徳太子でもないので対処に困る。そんな私を見かねてか、


「ユリ・シラヌイ。ちょっといいかな?」


 奥の方から割ってくるように、ルシリスが声を上げた。王女に盾突く人間なんているはずもなく、自然と一本の道が空く。逃げ道を作られた私は喜んでそれに縋り、彼女の後を追っていく。


「ルシリス様……」


 背の方から寂しい声色が聞こえる、だが、彼女に慰めの言葉を捧げるなんて、今の私に出来る訳なかった。






 闘技場の隙間から空き室に出ると薄暗くシンとした、音も響かない二人だけの空間が広がる。扉は既に閉まり、密室の状況になっていた。


「ルシリスは試験、大丈夫なの?」


 時間と対策、両方かねての質問だ。


「大丈夫だよ。最後の方だから、時間はあるしね」


「そうなんだ。相手の方は?」


「うーん……ユリに言うのは、ちょっと気が引けるかも」


 首を傾げる。彼女が配慮する相手なんて、この教室にいるのだろうか。


「とにかく大丈夫だから。今は私より、ユリだよ。学園から追い出されなくて良かったね」


「本当だよ、最後だってマジで運だけで勝ったんだから」


 リナリアがいない場所で説明するのもなんだが、一応解説しておこう。


 私の最後使った魔法、『円舞曲シャドウステップ』は、視界内の影のどれか一つにランダムで転移する魔法だ。狙った場所に行けるわけじゃないし、一日に一度しか使えない燃費の悪さ。はっきり言って、博打だ。


 それが本当に運よく、たまたま彼女の影に移動出来たという事だけ。それ以外なら回避できたというだけで、勝てるはずもなかった。


「……なんか、申し訳ない気持ちだよ」


 奇跡に近い勝利を偶然掴み取った現状に、後ろめたささえ感じていた。


「何言ってるの」


「むぐっ!?」


 突然、彼女の両手が私の顔を挟んだ。


「ユリは勝ったんだよ。それが運でも、勝利は事実。何よりユリだって、頑張ってたじゃない。自分の努力を蔑ろにして、負い目を感じなくていいんだよ」


「そ、そうかな……」


「うん。ユリは凄いよ。王女の言ってること、信用できない?」


 それはずるいでしょと思ったが、彼女なりの励ましだと思い素直に受け取った。


「ありがとね、ルシリス。素直に喜ぶよ、私」


「ふふ。それがいいよ、ぜったい」


 柔らかい微笑みを見せると手を離す。すると、可愛らしく口を開いた。


「ねえユリ、聞きたい? 私とユリが、小さい頃に約束した事」


 それは、彼女のとんでもない求婚の根源に関わることだった。


「き、聞きたい、聞かせてください!」


 腰を折り、深々とお辞儀する。大袈裟な行動に、ルシリスは笑いを零す。


 前聞いた時は、私が覚えていない事にショックを受け教えてくれなかった。この提案は彼女なりの、勝利の褒美なのだろう。いや、これが褒美なのは納得できないけど。


 だが、興味があるのも事実。流石の私も彼女ほどの美少女に会って、覚えていないはずがないのだ。……いやまあ、とんでもない美少女が幼馴染に居たので霞むことはあったかもしれないけど。それはまた別の話で。


「そうだね。あれは私が、十歳の頃かな」


 目の前に立つルシリスは、昔の記憶に耽る。語る様子は、どこか寂しそうだった。


「ノストラ家に用事があった時。珍しい辺境の地に来た私は、隙を縫って逃亡を謀ったの」


「逃亡て……なんで逃げたの」


「その家の息子さんと、将来婚約するっていう約束を取り付けられそうになったから」


 つまりは許婚か。口を挟む隙も無く、言葉を繋いでいく。


「勝手に婚約相手まで選ばれる事に対して、私は腹を立てた。なんで私の人生なのに、そこまで関与される必要があるんだって。その時出来るせめてもの犯行が、逃亡だったの」


 幼い彼女ながらにして、思う所があったのだろう。ただ、ルシリスは王女だ。私の知らないその立場に、外部からどうこう言う事は出来なかった。


「何も考えずに逃げ出したから、訳も分からない場所に出ちゃって。あの時は凄い不安だったなあ、何しろ初めて両親の目のつかない所だったから」


「護衛の方とかに連れ戻されなかったの?」


「まあそれは、認識阻害で何とか」


「やばすぎでしょ……」


 才能がある子でも、魔法の覚醒に目覚めるのは十二歳程度だ。それを十歳の時点で実践に使えている時点で、言わずもがなの実力だろう。


「途方もくれずに歩いて、力尽きそうだった時。私に、手を差し伸ばしてくれた人が居たんだ」


 青色の瞳を覗かせると、安らぎの笑みを見せる。その表情が、意味するのは。


「それって、もしかして私?」


 コクリと頷く。同時に、過去の記憶に意識を張り巡らす。


「いやいやない、絶対ないよそんなの。ルシリスみたいな子、出会っていたら絶対覚えてるって」


 流石にそこまで認知に衰えがある訳では無い。ルシリスが十の時という事は、私がこの世界に転生した年の話だ。


 その時世話した女の子なんて、あの茶髪の女の子しか……


 茶髪の女の子……


「昔と髪色って、違ったりする?」


 朧げな記憶を頼りながら、彼女に不自然な質問をする。



「うん。確か昔の色は、ブラウンだったかな?」



「それを先に言ってよ!!!」



 確かにいたな、長めの茶髪に重めの前髪の子! 顔全然見えなかったから今のルシリスと被りすらせんかったわ!


「うちの家系は魔力のバランスが普通の人たちとは少し違うらしくてね。十二の頃には髪が白くなるらしいんだ」


 まさか、ルシリスと子供の頃に会っていたとは……突然放たれた真実は、私に凄まじい動揺をもたらした。


 その時の私は、自分が彼女にどれほどの影響を与えていたかだなんて、知る由もなかった。

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