14. 後悔させてやる
「はあ……」
重い息を漏らしながら廊下を歩く。『籠の間』から外へ踏み出し、時間が迫ってきている教室の方へと向かう。
私の子を産んでくれだなんて、女に対してでも普通にセクハラだろ。訴えられるべきだろあのお姫様は。あ、お姫様だから法じゃ裁けないのか、無敵じゃん。ずる。
バカか! と叫び、逃げ出したのも束の間。しゃがみ込み、膝に顔をうずめる。
あんなとんでもない事を言われて、ルシリスに対して幻滅したと思ったのに。
「……なんでドキドキしてるんだ、私」
そう思っている自分が、信じられない程恥ずかしい。だって、相手は十五の子供だぞ? 私、中身はもうアラサーだぞ? なのにこんな気持ちになるなんて、それこそ犯罪だ。
「本当に、何があったんだよ……」
私が何をしたのか思い当たる節も見つからず、ただ呆然と座り込む。そんな中、昔の記憶が混ざりこんできた。
そういえば、昔もいたな。私の事を好きだという、一つ下の女の子。あの時の私は「女だから」と一蹴したけど。今の私は、どうなんだろう。
別に、付き合ってきたのは男の人だ。私自身の趣味趣向が、女の人を好きという訳じゃない。
それなのに、この気持ちはどうして。呼吸が重くなり、ちぐはぐな思考で頭が絡まってきた中。
「どうした?」
決闘を申し込んできた、相手の声が耳に入った。背の方を振り返り、思わず睨みつける。もしかしてこいつ、ルシリスと離れてからずっと追いかけてきたのか?
「そんな顔で見るな。これでも、一週間は学友として振る舞おうとしているのだから」
「もう勝つ気でいるんですね……」
「当然だ。これは傲慢ではなく、積み上げてきた自信だ」
確かに、彼女の立場なら私も勝ちを確信するだろう。護衛として王女を守る立場に居る自分が、ぽっと出の少女に負けるはずがないと。
いつまでもしゃがみ込んだままではいられないので、立ち上がろうとする。
「うわっ!?」
何故、私が情けない声を漏らしたのか。それは、現状が一番分かりやすく説明してくれた。
リナリアが急に、私を背負いあげたのだ。おんぶされるような形で、強制的に彼女の背に身を預けることになった。
「いきなり声を出すな」
「だ、だって。急におんぶだなんてされたら、誰でもこんな反応になりますよ」
「大袈裟だな」
顔が見えないが、けらけらと笑っているのが分かる。近くで揺れるポニーテールが、うなじを見え隠れさせる。
「大丈夫ですよ。私、体調も何も悪くないので」
「病人は皆そう言う。それに、これを否定するという事は、私の見立てを否定することになるぞ?」
横暴なその言葉は、私を黙らせるのには十分だった。そんな事言われたら、何にも言えなくなるじゃんか。
「リナリアさんは……私の事、嫌いなんじゃないですか?」
手で肩を掴みながら、彼女の後頭部を見つめる。視線が合わなくて良かったと、少し思った。
「ああ、嫌いだ」
「ですよね」
この行為は、一週間限定の学友に対する振る舞いだろう。突っ込まない方が、身の為だ。
「……ルシリス様はな、今まで我儘を言わなかった、大変ご利口なご皇女だったんだ」
突然、過去の話を語りだす。それを止める術も理由もなく、耳も彼女に預けた。
「自我を通したのは、これが初めてだったんだ。定められた学園ではなく、この学園に進学したいと。何故ルシリス様があそこまでこの学園に執拗になるのか、不思議でしょうがなかった」
カツ、カツと、二人しかいない廊下に足音と声が響き渡る。朝方で良かったなと、心から思った。
「認めたくないが……その理由の一部には、恐らく貴様もいるのだろう。今まで数ある婚約相手を差し出されたルシリス様が、唯一気に留めている。それだけで、反吐が出る程気分の悪いことだが」
随分な言い草だなおい。
「だから私は、証明しないといけない。貴様はルシリス様に相応しくないと。貴方のような素晴らしい人には、もっと別の殿方がいると」
私をしっかりと背負いながら、力強く口にする。
初めて、彼女の内側を知れた気がする。いや、知り合ってばかりだから当然なのだけども。
けれど、今リナリアが口にしている言葉って。
「ルシリスの事、大事に想っているんですね」
「当然だ。私の事を見つけてくれた、命よりも大事な宝物だからな」
髪からはみ出る耳が、少し赤くなっている。実は、あまり人には話したことがなかったのかもしれない。
手段はどうであれ、大切な人の為にここまで言えるのだ。立場がどうであれ、その行為は美しいと称されるに相応しい。それは、カッコいいでもなく、優しいでもなく。
「リナリアさんは、可愛いね」
私にとっては、その感想が一番しっくり来た。
「……バカにしてるのか?」
「そんな訳ないよ。一人の女の子を大事に想って、そのために行動できるなんて。尊いし、可愛いと思いますよ。同級生が何言っているかと思うかもしれませんけど」
言葉にすると恥ずかしいが、伝えないと後悔すると思った。決闘を申し込んできた相手に対する敬意なのかもしれない。
数秒間静寂が続くと、何も言われず背中から降ろされ、そこで教室に辿り着いた事を確認する。ありがとう、と感謝をしようとしたのも束の間。
リナリアに、鋭く指を差された。
「――お前はそうやって、ルシリス様もたぶらかしたのか?」
その顔は、酷く赤かった。
「いや別に、そんなつもりは」
私が言い切るよりも先に、大きな声でそれを遮ってきた。
「覚悟しておくんだな、ユリ・シラヌイ。騎士道を歩んできた私に可愛いと言ったこと、絶対に後悔させてやる……!」
怒号に近い声を上げると、颯爽と向こう側に走り去ってしまった。声を掛ける暇もなく、彼女の姿は見えなくなった。
「なんで、そんな反応になるの……」
伸ばした手は行き場を見つけれず、ただ奥の方を見つめる。何も悪いことを言ったつもりはないのに、更に彼女との因縁は深まった気がした。
「可愛いの一言で、あんな怒るとは」
手のひらを見つめ、ほんのりと残った温もりを感じる。彼女の肩は、実に女の子らしい丸みを帯びた華奢な肩だった。
……もしかすると、これは彼女と戦う上で使えることなのかもしれない。そんなあくどい思考が、私の頭を過った。
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