07. えっちだね

「あの……それは、どういう……」


 二人きりの教室の中、突然の告白をされ言葉に詰まる。しかもとびきりの美少女で、王女とまできたもんだ。設定を盛るにも程がある。


 というか、なんで私に? そもそも、出会ったことすらなくない? 疑問の数はキリないが、口に出るまではいかず、喉元で止まり滞る。


 期待に溢れた顔で彼女は私の声を待つも、時計を確認すると口元を歪め、ため息を吐いた。


「ごめんね、ユリ。もう時間が来ちゃって、行かないといけないんだ。話したいのは山々なんだけど」


 入学式の前に私を呼んだのは、それが理由なのだろうか。流石王女様、待遇も違ければ所業も一線を画している。


「だ、大丈夫。私も何がなんだか、分かりませんし」


「ふふ。じゃあ、またね」


 小さな手をふりふりとさせながら、後ろの扉の方から出ていく。見えなくなった背中を、ぼーっと見つめる。


「なんだったんだ……」


 呼んだのが王女様かと思いや、いきなり求婚されるとは。情報量が多すぎて、処理することが出来なかった。


 虚空をひたすらに見つめていた、そんな時。



「貴様」



「はいっ!?」



 突然後ろから肩を掴まれ、声にならない声を上げる。振り返ると、人に向けているとは思えない蔑んだ目でこちらを見る女性の姿があった。


「な、なんですか?」


 返答はなく、ただこちらを見つめるだけ。私よりも高いその背丈に、威圧感を覚える。


「とりあえず、外に出ようか。ここじゃ、魔法が使えないからな」


 私の手を取り、強引に連れ出そうとする。ただならぬその雰囲気に、防衛反応が働く。


「急に何ですか、離してくださいよ」


 廊下まで来たのにも関わらず、その手をあっさりと離してくれる。思いがけない反応に、少し驚く。


「お前は、お嬢様のなんなんだ」


 朱色の瞳を覗かせると、苛立った様子を見える。お嬢様ってのは、もしかしてルシリスのことだろうか。現状を考えると、そうとしか捉えられなかった。つまりこの人は、王女の付き人とか側近とかなのかな。


「わ、分かりません。急に言われて、私も何がなんやら」


「そうか。じゃあ、友人でも恋人でもないんだな?」


「私、女なんですけど……まあ、そうですね」


 その発言を聞いた彼女は胸を撫で下すと、清々しい笑顔で口を開いた。



「良かった。じゃあ、殺しても問題はないな」



「……え?」



 笑っているのに、その目に光が見えない。漏れる気配は、殺意で満ち溢れている。


 やばい。


「あ、こら、待て!」


「そう言われて止まる人が居ますか!」


 その場から逃げ出し、必死に足を動かす。廊下を走るなだなんて校則知ったこっちゃない。


 あの顔は本気で、私を殺す気だった。なんで!? 急に求婚されてそれで殺されかけているって、私完全に被害者じゃない!?


「貴様のような平民が、一国の姫と婚約できるだなんて淡い夢は捨てろ!」


「だから私なんにも知らないんですって!」


 後ろから飛んでくる怒号を浴びながら、何とか逃げ続ける。けれど、速さにはかなり差があり、すぐにでも捕まってしまいそうな距離まで縮められる。


 もうダメか、そう思ったとき。




「うわっ!?」


 曲がり角で手を引かれ、体勢を崩す。地面に突っ伏した体を起こし、顔を上げると。



「……ノア?」



 そこには、一年前に私を家から追い出した妹がいた。転移魔法で、校舎とは別の場所へと移動してくれたようだった。


「久しぶり、お姉ちゃん」


「ノアあああ!!!」


「ちょっ、急になに!?」


「本当に、本当に死ぬかと思ったよおおお」


 彼女の背に手を回し、胸を涙で濡らす。良かった、捕まっていたら学生生活終了レベルではなく、人生すら終了される所だった。魔法を使っていたのは、不問にしておこう。


 人の温もりを感じ、ほっとしたのも束の間。すぐに、目の前の人間がどうだったかを思い出す。


「どう、お姉ちゃん。気は済んだ?」


「うん、ありがとう……って、違う!」


 腕を解き、ノアとの距離を取る。「あら、残念」とからかう彼女に対し指を差す。


「なんでここにノアがいるの!?」


「……お姉ちゃんって本当にバカなの?」


「うるさい! 反射的に出ちゃっただけ!」


 進学先で親族にあったら、誰でも最初はこの反応を示すだろう。確かに、彼女がこの学園に進学するという事は知っていたのだが。


 というか変わんないなこいつ、一年経って丸くなっているかと思ってた私が浅はかだった。


「でも、偉いねお姉ちゃん。本当に来てくれるだなんて」


「別に、ノアのために来たわけじゃないし……」


 それは事実だ。妹の為ではなく、出来る訳ないと言われムカついたから進学しただけ。


 それに、この学園に進学出来れば、将来も安泰だと思ったし。父の仕事を継ぐのはもう無理だから、公務員あたりでも目指そうと、そういう方向にシフトしていた。


「ねえ、お姉ちゃん」


 背の方で手を結びながら、前かがみになり上目遣いをして私の顔を覗く。久しぶりに見たその可愛らしい容姿に、思わず頬が熱くなる。


「私と会えなくて、寂しかった?」


「うぐっ……」


 その答えは、既に持ち合わせていた。ただ、言葉に出すのが恥ずかしいだけ。


 静寂がその場に張りつめる。それを嫌った私は、仕方なく口を開いた。


「寂しかったよ……」


 期待通りの回答が出て満足したのか、口元に指を当てにやけている。そんな顔をされるから、言いたくなかった。


「ふうん? やっぱり寂しかったんだあ」


「そうだよ……可愛い妹と会えないのは、やっぱり辛いよ」


「……へえ」


 突如、空気が変わる。私の言葉が気に食わなかったのか、さっきの嘲笑うかのような笑みはどこかに消え去ってしまっていた。


「もうお姉ちゃんとは、家族じゃないのに?」


「そんな寂しいこと言わないでよ! 私はいつまでもノアのお姉ちゃんだよ!」


 良い言葉を投げれたと思ったのに、その顔は何故か不満げだ。理由が分からず、硬直してしまう。視線を逸らしていると、距離を詰めるように顔を近づけてきた。


「な、なに」


「酷いと思うかもしれないけど。私はね、お姉ちゃんと縁が切れて嬉しかったよ」


「本当に酷いな!?」


 流石の私も傷付く。私とノアの想いの差は、いつからこんなに広がってしまったのだろうか。


「だって、ね」


 そう、呟くと。


 顔が、近づいてくる。息がかかるくらいに、まつ毛が見えるくらいに、鼻先がぶつかるくらいに。




 そして――唇が重なるくらいに。




「ッッ!?」


 その接吻は、一瞬で。でも、永遠のように感じられて。ぷっくりとしたその唇は、わたあめのように甘く柔らくて、一秒にも満たなかったはずなのに、凄まじい衝撃を私に与えた。離れた彼女の唇に触れた事を実感し、顔が熱くなる。色っぽく見えるのは、魔法を掛けられてしまったのだろうか。


「ちょっ、何やってんの!?」


 口元を腕で隠し、怒号に近い声を上げる。ノアの反応を見るに、頬は相当赤くなっているのだろう。


「あれ? お姉ちゃん、もしかして『妹』とキスして、興奮してるの?」


 にんまりとした笑みを浮かべながら、してやったりな顔を見せる。目を合わせてくる彼女に、動悸が止まらない。


「なっ……興奮してるわけないでしょ!」


「ふうん……そんな顔で言われても、説得力ないなあ」


「うう……」


 顔を近づけてくる。妙に唇が気になって、心臓が鳴り止まない。


「妹とキスして興奮するなんて…………お姉ちゃんってば」


 口に手を添えながら、耳元まで顔を寄せると。



「えっちだね♡」



 こそばゆい声で、そう言った。



「はあっ!?」



 耳に吐息が触れくすぐったい。ゾクッと、冷たい感覚のようなものが背筋に伝う。


 文句の一つでも吐こうとすると、時間の経過を知らせるチャイムが鳴る。ノアはスピーカーのある方を見上げると、向こう側に走っていった。


「待ちなよ! 私、言いたいことあるんだけど!」


 半ば怒号に近い声を上げながら、既に距離が離れたノアに対し呼び掛ける。それに反応したのか、彼女は顔をこちらに覗かせ、可愛らしく腰を曲げる。


「前も言ったけどね」


 その笑みは、先ほどまでのからかいやバカにしたような笑みでは無くて。


 大切な人に向けている、微笑みだった。



「私、お姉ちゃんのこと、『お姉ちゃん』だと思ってないから」



「……はあ!?」



 手を伸ばし待つように促すも、それ以上の追及を許さず、見えないところまで走り去ってしまった。何もない空間を、ひたすらに見つめる。


「どういう意味なんだよ……」


 胸がざわつく。さっきから、鼓動が鳴りやまない。それも全部、ノアのせいだ。私と彼女の関係が変わってしまったのを、嫌にでも悟ってしまった。


 唇に触れる。まだ温もりがあり、感触が残っている。思い出すだけでも火を噴きそうなので、ブンブンと顔を振り、思考を取っ払う。


「朝から本当に、なんなんだ……」


 求婚されて、殺されかけて、キスされて。今日一日だけで、一体幾つのイベントをこなすつもりなんだ。




『お姉ちゃんだと思ってないから』




 あの言葉が、ずっと頭の中に響いている。胸の鼓動と、共鳴するように。


 でも、その言葉を解くことは出来ない。いつまでも、気付いていないフリをしなければいけない。だって私は、お姉ちゃんだから。あの子が妹である限り、知ってはいけないのだ。私の勘違いだったら、滅茶苦茶恥ずかしいし。死にたくなるね、うん。


「はあ……」


 疲れを感じ、大きなため息を漏らす。学園生活のスタートが、こうも騒々しくなるとは思いもしなかった。平穏な生活は、どこにいってしまったんだ。


 そうしていると、二回目のチャイムが鳴る。それは、入学式十分前を知らせる合図。五分前には着席しないといけないので、急いで移動しなければいけなかった。


「ああ、もう!」


 がんじがらめの思考をそのままに、第一聖堂の方へ向かう。廊下に響き渡る足音が、妙に耳を突き刺した。

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