03. またね、お姉ちゃん

 悪役令嬢に転生しちゃった、これからどうするのー!? って思っていたのも束の間。正直、あんまり関係ありませんでした。だって、悪役令嬢になる前なんだもん。


 いつ悪役令嬢としての才を開花するかは知らないが、転生先の身体はまだ幼く、悪事を働く前だった。それならば、大して問題はない。


 今考えるべきは、新しい体と新しい世界で、何をやるかということ。自室のベッドに寝転がりながら、広い天井を見つめる。


「仕事詰めの生活は、もう懲り懲りだな……」


 あんな激務とストレスに追われる環境、二度と経験したくない。やるならば、前の人生で出来なったこと。


 ということで決めました。今度の人生は、スローライフを満喫しようと思います。


 そこそこな仕事について、そこそこなお給料もらって、そこそこな生活をする。あまりにも平穏なライフスタイルだ……最高か?


「色々聞いてみたら、お父さんはここらへんの地主? らしいし。長女の私が跡取りになれるみたいだから、もう安泰なのかも。あー、異世界って最高……」


 しみじみとこの世界の素晴らしさを噛みしめる。本当にありがとう、神様かなんだか知らないけど。


 今の私の年齢はどうやら十歳? のようで、十五になってから王都の学園を卒業した後、晴れて領主になれるとか。こんなとんとん拍子でシナリオが進んで、果たしてよいのだろうか。


 そう思った矢先。


「おーいユリ! 見合い相手連れて来たぞー!」


 扉が勝手に開けられると、そこにはすんすんと鼻息を立てる父親の姿があった。


「……そこまで、順調でもないか」

 

 障壁は、身内から現れた。


 父親は私に結婚をさせたいらしい。それも、かなり良い所の令息と。


 私は顔が良い。妹よりかは劣るかもしれないけど、それでも百人に聞いたら九十九人は美人だと言ってくれるだろう。


 そんな美少女な領家の長女は、相手からしても都合が良いらしい。国とは離れた田舎のため地位の上昇は見込めないが、身を固めるには丁度いいんだと。便利な女的な扱いをされるのは、かなり癪だが。


 だが、こちらにメリットがない。私は別に、名誉も地位も要らないのだ。そこそこなお金と、そこそこな生活があればそれで充分。むしろ結婚相手など、それを脅かす害悪な存在でしかないのだ。


 そのため、私は真剣に彼らの相手をしない。話したくもないが、父親からあれこれ言われるので仕方なく応じる。


 そうやって、適当にあしらい続けて早四年。








「なんで出て行けと!?」


 家を追い出されそうになっていた。食卓を三人で囲んでいる中、突然勘当宣言を食らう。


「だってお前、まともに結婚相手探さないじゃん。俺の老後はどうするの!」


「別に地主の収入だけで生きていく分は賄えるでしょ!? 何が不服なの!」


「いやだいやだ! もっと偉くなりたい! 娘の脛かじって生活したい! 老後も女の子と遊べるくらいのお金欲しい!」


「このクソ親父がぁ!」


 父親はクズだった。数年も一緒に暮らしているうちに分かってはいたが、見た目以上に中身が終わっていた。なんでこいつから私とノアが生まれたんだ? 母親の遺伝子が相当優秀だったんだろうな。


「ということで、そういう点は全部ノアに任せることにしたんだ。な、ノア?」


 隣に居るノアに微笑みかけると、彼女は黙って頷きを返す。コーヒーを啜りながら淡々としているその顔に、強烈な衝撃を受けた。


「なんでノアに!?」


「だって、お前より優秀だし可愛いじゃん」


「父親として終わりすぎてない?」


「しかも、自分から率先してそう言ってくれたんだ。それならお父さんは、ノアの脛を齧ることにしようかなって。だから、長女のお前が邪魔だって訳」


 地主の跡取りは、基本的に血縁関係にある長女、長男に引き継がれるのが絶対条件である。如何なる理由や事情があっても、不変の事実だ。


 だとしても、そのために私と縁切るなんて言う!? 人の血流れてんのか!?


「ノ、ノアが率先して言ったって!? どんな男にも靡かなかったノアが!? 嘘を言うのも大概にするんだな!」


「大概にするのはどっちよ」


「……え?」


 突然口を挟んできたノアは、コン、と机にコーヒーカップを置くと、視線をこちらに合わせる。円らな紫色の瞳は、真剣な目をしていた。


「お父さんがこう言っているんだから、もう話もする必要ないじゃない。とっとと出ていけば?」


「なんでそんなこと言うんだ! 私の可愛い可愛いノアちゃんはどこ行っちゃったの? 私の背中を追いかけて、可愛らしい笑顔を浮かべていたノアちゃんは!」


「別に背中を追いかけてた記憶はないけど……」


 確かに、その記憶は私にもない。少し盛って話してしまった。


「というか、なんでそんな上から目線なの?」


 棘のある言葉に、思わず息を呑む。向けられる視線は先ほどより冷たくなっており、いつものような冗談には聞こえなかった。


「う、上からではないけど。私、お姉ちゃんだし」


「お姉ちゃん?」


「そ、そうでしょ! これは変わらない事実で、これからも覆らない事だよ!」


 椅子から立ち上がり、必死の身振り手振りを見せながら力説する。その様子を見たノアは、はあ、と重い溜息を吐くと、再度口を開く。


「言っておくけど」


 鼻先を指さされる。立ち上がった私は気圧されて、無意識に身を引いてしまう。

 

 次の瞬間、その口からは想像しえない言葉が出てきた。


「私はお姉ちゃんのこと、一度もお姉ちゃんだって思ったことないから」


「……は?」


 突然の、姉失格を伝える告白だった。


「思ったことないって、私のことずっとお姉ちゃんって言ってるじゃん! それは何!?」


「ただそう呼んでるだけ。妹に呼び捨てされるのも気が悪いでしょ? それともなに、ユリちゃんって呼んでほしいの? いいよ、私は。ユリちゃん、お姉ちゃん失格だね♡」


「このクソ妹があ!」


 【悲報】私の家族が全員クズな件ってタイトルで本出そうかな。案外ウケないかな?


「ということでユリ。出て行ってくれ。大丈夫だ、手続きはもう済ませてあるから」


「もう済ませてあるの!? というか、今生の別れなのにあまりにも軽くない!?」


「俺はノアのご機嫌取りで忙しいからな。あ、出ていった後はこの場所を頼ってくれ。俺の従妹が住んでるから。女だから心配はいらないぞ」


 既に纏められている荷物と一緒に、地図の書かれた紙を渡される。


「いや、そういう問題じゃなく、というか話し合いを――」


「じゃあノア、頼んだぞ」


 コクリと頷くと、ノアは私に対して手をかざす。唱えようとしているのは、転移魔法。青色の紋様が足元に映し出され、サファイアのような輝きが体を包んだ。


「待って、まだ言うことが――」


 腕を伸ばそうとするも、それは叶わず。ノアは目の前で不気味な笑みを浮かべると、私の頬に優しく手を添えながら、


「またね、お姉ちゃん」


 と、言うのだった。

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